研究学園都市 方波見

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研究学園都市 方波見

関東圏某所、方波見地区。 事前には「特にこれといった物のない田舎だ」と聞いていたが、昨夜何となく調べていたら思っていた程の田舎でもなさそうだった。確かに、方波見石という質の良い石が採れる山が近くにあり、それを利用した商業も盛んなようだから土地柄として都会という感じにはならないのかもしれない。とはいえ研究学園都市としての性質故に、それなりに大きな施設があるのが現状だ。 乗り継ぎ次第だが、スムーズにいっても片道約4時間の道のり。さすがに日帰りでは厳しいので1日あちらでお世話になることになっている。体力に自信はあるほうだが、知らない場所への移動にだけ費やされるこの時間は神経も使うので純粋な体力だけでは乗り切れないところがある。 3時間ほど乗り換えを繰り返し、もうとっくに駅名を聞いても自分がどこにいるのか分からない状態になっていた。あと1時間余り、この電車に揺られれば目的の方波見駅に到着するはずだ。 車内をそれとなく見やる。満員電車というわけではなく、疎らに空席があって立っている人間がそろそろ目立ち始める頃合いになってきていた。 車窓へ視線を戻し、戸に肩を預けて軽くもたれ掛かる。ぼんやりと外の景色を眺めているだけで、見慣れない光景が延々目の前を流れていっており不思議と飽きない。 ついでに言えば電車自体はあまり好きじゃない。人の多い密集地帯となってしまう車内では、どうしても人の目を意識してしまって落ち着かない気持ちになる。だから結局こうしてずっと立って外を見ていることが多い。密室にいること自体を自分の意識から逃すためだ。少し前は体幹トレーニングを兼ねていたところもあるが、最近はこの程度だと生ぬるく感じるようになっている。そもそも、さすがに数時間続けてやる気はなかったのでこの有様だが。 それから約1時間後、目的の駅で電車を降りる。すっかり日は昇って昼にはまだ早い午前中、方波見駅のホームは人で賑わっていた。 開けた駅前はよく整備されており、花壇には通常あまり花として注目されることのないカタバミが植えられている。やはり地名を冠しているだけあって大切にされているのだろう。陽光を反射して輝く黄色いカタバミは景色の片隅から華やかに景色を彩っている。 駅のホームを出てすぐ目に入るバスターミナルから、事前に教わっている乗り場に目をやれば丁度バスが滑り込んでくるところだった。 バスではさすがに席についていたら長時間の移動の疲れが出てしまったらしく、少しの間、居眠りをしていたらしい。恐らくは数分だと思うが、気が付いたら駅前の賑わい方が嘘だったのかと思う程に山が近くなっており、自然に囲まれた景色へと変わってきていた。電光表示に目をやれば2つ先の停留所で降りなければいけないことが分かった。なんとか寝過ごすことは回避できたようだ。 指定されていた停留所でバスを降りれば、こんなところに急に放り出されたらどうしたらいいのだろうかと不安になるほど、公共施設などは見当たらない民家や畑、木々に囲まれた場所だった。入り組んだ道になるからと事前にかなめさんの手書きと思われる地図の画像が送られて来ていたので、住所から割り出されたデジタルマップと両者を照らし合わせてみるが……正直よく分からない(ナビゲート:初期値)……。道に迷って現在地の説明が出来なくなる前に電話で聞くことにした。 電話口にて、口頭で説明される道順と目印を頭に叩き込む。コンクリートで舗装された道はまだしも、他人の敷地内に見えなくもない横道なんかは正直、先に通る場所だと聞いておいてよかったと思わざるを得ない。 「おーい!こっちだ、彩人!」 この景色からは明らかに浮いている長いブロンドヘアの女性が、とある民家から飛び出して来て手を振っている。彼女は、方波見石灯籠の職人であるかなめさんのパートナー、マリサさんだ。 「すみません、わざわざ出迎えて頂いて。」 「彩人が迷子になったら大変だからな!」 「ありがとうございます。」 手を振る彼女に近づけば、そんなに大きくはないが金属を叩くような甲高い音が聞こえてくるのが分かる。かなめさんは作業中のようだ。 そこは小さな庭のある、至って普通の平屋の民家だった。ただ入り口には「方波見」と彫られた、かなめさんの手製と思われる立派な石の表札が掲げられており、そこが石材を取り扱う職人の住処であることは一目瞭然の見た目となっていた。 「かなめ!彩人みつけてきたぞ!」 褒めてくれ、と言わんばかりの様子でマリサさんはかなめさんの元へ駆けていく。顔を上げたかなめさんは、彼女の頭を軽く撫でてから視線をこちらに寄越し、軽く手を挙げた。
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