灯籠職人の工房

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灯籠職人の工房

「遠いところをお疲れさん、彩人。」 作業台に道具を置いて立ち上がったのが、この工房の主人である方波見石灯籠の職人、方波見かなめさんだ。 強い癖毛を器用にマッシュウルフにまとめた無造作ヘアにラフな出で立ちというスタイルは、到底職人らしいという雰囲気ではない。しかし、そんな彼のいるこの庭にあるのは本人が手掛けたとしか思えない石灯籠の数々だ。 飾られているというよりは作ったものを適当にそこらに置いている、といった感じになっているのは少々もったいないような気もするが。だからこそ、作ることの方が目的なのだろうということがよく分かる。 「お世話になります、かなめさん。」 向き直ってくれた相手に改めて一礼する。 「えーっと。一応、見学と取材って名目になってるんだっけ?」 「はい。よろしくおねがいします。」 神社のパンフレットの一角に灯籠の話を載せて欲しいとかなめさんに言われ、意外と面白そうなんじゃないかと思ったので家に掛け合ってみたところ、思った以上に反応がよかった。ただ、一度先方と直接やりとりをするようにとのことで派遣されてきた形だ。どこまで形になるかは分からないが実物を見せてもらったうえで一通り話を聞かせてもらい資料を持ち帰って内容を考えることになっている。 とにかく疲れているだろうから、荷物を置いて寛いでくれと居間に通された。かなめさんは粉塵の付着した作業着から室内着に着替えて、戻って来ると座卓の対面にどかりと座り込む。 その頃合いで、グラスに入った麦茶を人数分持ってきたマリサさんがそれぞれの目の前にグラスを置いて斜め向かいに腰を下ろす。両者の連携の取り方が、何となくだが来客時の慣れた動きに見えた。かなめさんは、ひとくち麦茶を口に含んでから 「さて、本格的に色々見てもらうのは午後からとして……手始めに彩人には石の話を聞いてもらおうかな。」 「それは、もちろん。俺もそのつもりでいます。」 ちらりと様子を見るように上目で俺の方に視線を投げたかなめさんに頷くと、ほっとしたように明るい表情になって顔をあげた。もしかしたら、彼は俺が一応の建前で灯籠の話を聞きに来たと言っているのではないかと心配したのかもしれない。 「俺に石のことを語らせたら終わらないんだけど、何から話そうかな。」 そう言って表情を輝かせているかなめさんは俺の目にもわくわくしているのが手に取るように分かる。仕事の話をするのが本当に楽しいようだ。何から、と言われても何の知識も持ち合わせない俺は答えようがなくて、そのまま黙って見返すことしか出来なかったが、かなめさんは迷う様子もなくすらすらと話し始める。 「何はともあれ石材が一番大事だから、山から石を切り出すところがシンプルながら重要なところでな。必要な大きさを確保するのはもちろんだけど、中にひびが入ってないかが重要なんだ。じゃないと、製作途中に割れちまうからなぁ。」 外側を軽く叩いて音の違いで中の状態を確認する作業を繰り返し、使えそうな範囲を計算する。それは聞くからに経験がものを言う難しい作業だ。 「私も最近、かなめと一緒に山に行って音の聴き比べをしているんだけど、なかなか難しい。音が明らかに違うのは分かるけど、それがどれくらいの大きさで石材が採れるということなのか判断するにはもっとかかりそうだ。」 職人の技を一朝一夕にというわけにはいかないのが当然だ。難しく繊細さも必要とされながら、扱うものが石なだけあって重労働でもある。とてもではないが、女性に優しい環境とはいえない。しかし一緒に仕事に携わっているマリサさんからは、純粋に充実感しか伝わってこなくて、心から楽しみながら取り組んでいることが伺えた。きっとかなめさんから良い影響を受けているのだろう。 「その、石の切り出し作業を見学させてもらうことは可能ですか。」 「お?興味あるか?結構道が険しいけど。」 「足手まといにならない程度にはついて行ってみせます。」 「そういやお前、体育大の学生だったか。その髪型だとあんまりそんな感じしないんだよなぁ。」 「これは……家の指示です。俺、短髪だと歩いてるだけで輩に絡まれてすぐ揉め事を起こしてしまうので。」 「あーーー……。」 俺の言葉を聞いたかなめさんは、気まずそうに言葉を濁して頭を掻いている。 「ともかく……俺、見た目よりは動けるんで。」 「あーうん。そうみたいだな。よし、分かった。じゃぁ、それも午後だ。」 誤魔化すように一度咳払いしてそう言ったかなめさんは、不意に思い出したように「そうそう」と話を切り出した。おもむろに床に置いていたと思われるものを取り上げて座卓の上にのせる。そうして俺の目の前に置かれたのは、高さ20センチほどの小さな石灯籠だ。 「これはなぁ、さっき言ったように製作途中にひびが原因で割れちまって使えなくなった石材を利用して作ったものなんだ。使える部分が小さくなってしまってるわけだけど、逆に言えば小さいものなら作れるってことだからな。」 よく見てみれば、その石灯籠は中にLEDライトが仕掛けられており、通常の石灯籠にはありえないスイッチなど電気関係の機構が見受けられる。 「……これは、スタンドライトに加工してあるんですか?」 「そういうことだ。普通の石灯籠は大きくて家の中にはそうそう置けないけど、そのサイズなら机の上に置いても可愛いだろ?」 「そうですね。」 形状からして、光はそんなに拡散しないだろうから照明としての能力はそこまで高くなさそうだ。しかし、ビジュアルの独創性はかなり強いし間接照明と割り切るならインテリアとしては十分価値があるように思える。 「それ、彩人にやるよ。」 「えっ……!?いいんですか。」 「石だから重いけどな。」 「いえ、別にそれは大丈夫です。ありがとうございます。」 俺がそう言うとかなめさんは苦笑して、近所の子どもはそんなのあげても喜んでくれないだとか、遊びで何となく作ってるものだから売るのも気が進まないだとか色々と並べ立てていたが、まぁ多分、照れ臭かったんだろう。 その時、横から、ぐー、というくぐもった音が聞こえてきて思わず視線をそちらに向けた。同じタイミングでかなめさんも同じ方に顔を向けていた。俺とかなめさんのふたりから同時に視線を向けられたマリサさんが、慌てて両手を顔の前で振る。 「す、す、すまない!話の途中に…!ちょっと……お腹が空いてきてしまって。そ、そろそろ何か食べないか?」 「俺もお腹すきましたから、同意です。」 「いつの間にか、もうそんな時間だったか。」 かなめさんは、座卓に手をついて勢いよく立ち上がると俺とマリサさんを順番に見た後、いい笑顔でこう宣言する。 「ラーメン食いに行くか!」 即座にマリサさんが顔を輝かせる。 「今日は3人でラーメンだな!彩人、美味しいお店、紹介するからな!」 「はい。おねがいします。」 ふたりは随分ラーメンが好きなんだなと。そういえば前に話を聞いた時もふたりでラーメンを食べに行ったところだったとか言っていた。そんなことを考えている俺も、ふたりにつられてしまって普段より浮かれた気分にさせられていたような気がする。
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