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人物特性:急な展開に弱い
先に話していた通り、食後は山へ行ってマリサさんと一緒に石の切り出し方について勉強させてもらったり、工房にて実際の作業を見学させてもらいながら、かなめさんの解説を聞かせてもらったりしていたらあっという間に辺りが暗くなる時間になっていた。
適時記録は取っていたが、時間が経つとクオリティが下がる気がしたので、おふたりが夕飯の準備に台所へ並び立っている間に簡単なまとめ作業を進めさせてもらうことにする。
走り書きのメモというのは自分にしか分からないような状態になっているもので、時間が経つと自分でも何を思って書いたんだか分からなくなることが少なくない。不要な部分は後から精査するとして、ひとまずは全部綺麗に整えよう。
全く知識のない者に対する説明。いくつかのアピールポイント。それとは別に、かなめさん自身が伝えたい想いなんかもどこかに挿し込んだ方がいい気がする。今日、ついさっきまで聞いていた話の内容だからというのもあるのだろうが、日頃書いているレポートなんかよりは断然手際よく文章が出来上がっていく。
「あの、かなめさん。ちょっといいですか。」
こちらに背を向けている彼に声をかける。
「おーなんだ、どうした。」
「俺が書いている内容に間違いがないかを確認して頂きたいのですが。」
そう伝えると、かなめさんはどれどれと言って濡れた手を布巾で拭いながらこちらに来ると俺の手からノートを受け取る。
文面に目を通すかなめさんは、律儀と言えるほどに感嘆詞を漏らしながら内容を確認してくれている。一通り見終えると彼はパタンとノートを閉じると俺に返してきた。
で、どうなんだろう、とかなめさんを見返すと屈託のない笑顔を向けられた。
「なんも問題ない!いやぁ、彩人が神社の息子でよかったぜ。」
「…………っ。」
俺に向けられた、その後半のセリフに動揺して、不意に胸が詰まる。
あぁ……これは、だめだ。
迂闊に声が、出せそうにない。
少しでも油断すれば、外側だけの平常すら保っていられなくなりそうで。
かなめさんの言葉には、それほど深い意味合いがないことくらい頭では分かっているのに。
俺は、あの場所には必要とされていない人間だ。
迷惑にならない程度で及第点だ。
だから、今までで一度も、神社の息子であることを良かったと思ったことはないし、当然感謝されたこともない。
当たり前だ。
神社の息子らしいことなんて、何一つ出来はしないのだから。
「は……い、あの……。」
だから……やっぱり無理だ。
不意にそんな風に言われるとどうしようもなく動揺してしまっている。
そもそも言う言葉も思いついていなくて特に意味のない語句を発するに終わっていた。いや、余計な言葉を発するよりはよかったのかもしれないが。
思わず自らの口を手で塞いでいて……その意図すら俺自身にも分かっていない。
「どーしたんだよ、真っ赤になってるぞ彩人。」
「え……っ?えっと……そ、それは。」
返す言葉が見つからなくて、もたついていたら強めに背中を叩かれて、危うく咽そうになった。
「なんだなんだ?俺に褒められたのがそんなに嬉しいのか。可愛い奴だなぁ!」
どうやら赤面症のようで、処理しきれないような状況になるとすぐ見た目に分かるレベルの様相になってしまっているらしい。
でも、たぶん……
「そう……ですね。…………そうですね、嬉しい、です。」
からかい交じりに言われた言葉に、でも確かにそうなのかもしれないと思って。
自分で試しに口にしてみて、やっぱり違和感がなくて。
いい年して、一体どこに喜んでるんだかという思いも間違いなくあった。でももう、重ねられないほどに恥を上塗りした気がするから、どうでもいいのかもしれない。開き直れたとでもいうのだろうか。
だから、かどうかは分からないが、こんな状況だというのに自分でも気がつかないうちに自然と笑えてしまっていた。
「お前……。」
面食らった表情でこちらを見るかなめさんの姿に、さすがにそんな顔をされるようなことを言っただろうかと不安になる。
「お前、やばいな。それ、ちゃんと武器にした方がいいぞ。」
「武器?」
何のことを言っているのかさっぱり分からない。可能な限り会話履歴をさかのぼってみようとしたが、そもそも俺がまともに喋れてなくて大した履歴を残していなかった。
「それは……」
どういうことですか、と聞こうとして言葉を飲み込む。いつの間にか台所から離れて近くまで来ていたマリサさんが、拗ねたような表情でかなめさんの服の裾を引っ張っていた。彼は既にそちらを向いていて。かなめさんは、見ているこちらが恥ずかしくて仕方なくなるくらい緩んだ表情でマリサさんのことを見ていて……。
「いやいやいや!可愛いっつったって、こいつはやたらガタイの良い男なんだからマリサに敵うわけないだろぉ?例えるなら月とスッポンだよ。なぁスッポン!!」
そう言う彼は、やたら良い笑顔でこっちを振り返ってくる。
「は?まぁ、そこそこレアそうなんでいいですよ、別にそれでも。」
SRくらいの価値はありそうやしな。
……ん?今、訳のわからんことを口走った気がする。
一瞬にして現実逃避に走りたくなって自分でも理解できないリアクションをしてしまった。
いや。かなめさんが急に武器とか言うから思考がついそっちに……。
「…………、ほらな!?彩人もこう言ってるし!」
一瞬、ものすごく何か言いたそうな顔で俺を見ていた気がするが誤魔化す方に注力することにしたらしい。
何が「ほらな」やねん、と思ったけど……俺も大概なので、リアルに突っ込めそうにはない。
とりあえず、今のあのふたりは自分たちのことしか見えていないようなので、それ以上関わらないようそっと視線を逸らす。一体、何を見せられているんだろうか、俺は。
調理作業中のふたりは、そのまま仲睦まじそうにやりとりを交わしながら台所に戻り一緒に作業をし始めている。
……近い。とんでもなく距離感が近い。いや。夫婦なんだから別にいいわけだけど。そういうことじゃなくて。
いやもしかして、俺が意識しすぎなんか?!せやけど、仮にも来客中やぞ、いくらこっちが目下とは言えそれはちょっとあんまりとちゃうんか。かなめさんに至っては半分以上、分かってやっとるような気もするし、とにかく落ち着け俺、錯乱しとる!!
我に返ってみればいつの間にか、こぶし(技能値:75)を握り込んでいる。あと少し気づくのが遅れていたら、他人様の家で物にあたるという大河原家の人間としてあるまじき行動に出てしまっていたかもしれない。危なかった。
気づかれないように……という配慮が必要とは思えないほど、あのふたりは今、互いのことに夢中のようだけど。
とりあえず、静かにひとつ深呼吸をした。
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