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続く受難
時は過ぎて、夜も更けた頃――――。
今俺は、とんでもなく疲労感に襲われている。
両手の指を湿気の残る髪に挿し込むようにして頭を抱え、座卓に肘をつく形で上体を支える。
「はぁー…………。」
食事をご馳走になったわりには、何を食べていたのかあまり覚えていない。遠慮するな、と何回も言われたことと、すごい量の白米が盛られていたのはなんとなく覚えている。
昔から食事のペースが遅いだけなのだが、それがよく知らない人からすれば遠慮しているように見えたかもしれない。
それはまだ理解できるし、まぁそのくらいならよかった。というか、そのくらいであれば記憶喪失気味になるほどの状態ではなかったはずだ。
問題は食後、先に風呂に入れと言われ、その通りにさせてもらった後のことだった。深刻そうな表情をしたかなめさんに声をかけられたのだった。
「なぁ彩人。俺はお前が風呂に入っている間、ずーっと悩んでたんだよ。」
「……?何をですか。」
「俺とマリサ、別々に風呂に行くか、一緒に入るかをだよ。」
「はぁ。それは、好きなようにしてもろたらええと思いますけど。」
「そんなわけにいくか。重要な選択肢だろ、これは。お前むっつりっぽいからなぁ。」
「………………。」
「何堂々と何の話ですかって顔してるんだよ、お前のことだぞ。」
「……!」
あっ。
こっそりエロいこと考えてそう、って言われたんか!!
急に関係ない語句が出てきた感じで、全然話についていけていなかった。
「なんで彩人はそういう時に本気で自分は関係ないって顔できょとんとできるんだよ……。」
「いや関係ないっていうか……なっ、なんでそんなことを言うんですか。」
「こうなってくるとそろそろ裏で相当やべぇって線になる。大学生の男だろ~?無いわけがない。」
「~~~っ!!俺の性欲の話から離れて下さい。そっちを聞いたんじゃないです。なんでそんなことで悩むんですかってことですよ……!!」
「なんだ、そんなの決まってるじゃないか。お前が変なことしないか、別々に風呂に行って見張っておくべきだろ。でもそれだと交代した時に風呂上りのマリサとお前を二人っきりにしちゃうことになるだろ。それもよくないよな?でも一緒に入っちゃうとお前を見張れなくなるからな。」
そんなことを警戒しないといけないような人物だと思われてるのか、俺は。聞いているうちに落ち込んできている自分を認識する。
いくらなんでも人の奥さんに対して変な気を起こすほど倫理観を狂わせているつもりはない。
そもそも、なんというか。
あんまり生々しいのは、ちょっと……。
「そんな節操のないやつに見られてるんですか。何もしないですよ、そんなの。」
「何でしないんだよ!!そんなのってなんだ、おかしいだろ!マリサだぞ!!あの光輝く存在を目にして、何もないとはどういうことだ!それでも男か、なぁ彩人!!」
「すみませんでした……!」
言うてることおかしいやろ。俺にどうして欲しいんや、この人は!!
と思ったけど気がついたら普通に謝罪してたわ……!
「まぁ謝るなら許してやろう。」
「…………。」
なんやねん、それ……。さっきの勢いは何やった?と思わざるを得ない調子の変わり方に俺の気持ちは全くついて行けていない。
でもとりあえず許されたらしいので、咄嗟に出た態度は偶然にも正解だったらしい。板についた振る舞いが“下手に出る”なのは非常に悲しい気がするが。
と、ここでかなめさんが大きな声を出し、あまつさえマリサさんの名前を出したりしたものだから少し離れたところで片づけをしていたマリサさんが振り向いてしまった。そして嬉々とした表情でこちらへ駆けて来る。
「私がどうしたんだ?かなめ。光輝いてたか?片づけが上手にできてたからか?」
「あぁ、そうだぞ、マリサ。上手にできるようになったな。」
かなめさんは事も無げにそう言いながら、すぐ近くまで来たマリサさんの頭を優しく撫でている。彼女はその手を目を細めて嬉しそうに受け入れている。そしてそれを、非常にむず痒い気持ちで見るしかなくなっている俺がすぐ傍にいる状況だ。
なんだろう、これは。
平常心を保つための修行にでも来たんだったか。
「かなめ!彩人も戻ってきたし片づけも終わったし、私たちもお風呂にいこう!」
「じゃぁ分かりました。俺のことは庭先にでも繋いで、ふたりでゆっくりしてきてください。」
もう自棄になってそう告げると、手前の話が分からないマリサさんは唐突な発言をした俺に対して心配そうに眉をひそめ、その後ろでかなめさんが噴き出しそうになったのを堪えたのが見えた。
「えっ!?なんでそんなこと言うんだ、彩人。可哀想じゃないか、そんなことをしたら。」
「そうだぞ、お前。自分からそんなことを言い出すなんて、あれか。そういう趣味ってことか。」
「もうすきなようにしてください。」
「彩人ー?なぁ、かなめ。どうしたんだろう、彩人。目が死んでるぞ。」
「どうしたんだろうなぁ??」
「これはもとからです。」
「そんなことはないだろ!」
「ほっといて風呂行こうぜ、マリサ。」
「いいのか!?ほっといて。」
「どうぞおかまいなく。」
――――というわけで。
結局、庭先に繋がれることはなかったのだが、何かができるほど気力も体力も残っていなくて伸びている状態だ。
ふと思いついてスマホを手に取る。
数度タップ操作をして2,3日に1回くらいしか開かないSNSアカウントを開いた。
基本的には情報収集用で自分から発信することは滅多にない。たまに撮った写真だけ思いついた時に投稿するくらいだ。
で、思いついたから開いたわけなのだが。
来た時に頂いた小さな石灯籠の写真を投稿していたのを思い出した。
普段はその後、また数日後に開くまで確認しないのだが、何となく今、あいつからリアクションが来てるような気がして。
案の定、通知1件。開けば腐れ縁の幼馴染から「インテリア渋っwww」とレスがついていた。いつもはだいたい無視しているのだが、暇なのもあって「知り合いの石灯籠職人にもらった。」と一言返しておく。あいつは俺個人に対してだけ意図的な煽りを入れて来る。知り合いが噛んでることが分かれば引き下がるだろう。……後々、知り合いの癖を突っ込まれる気はするが。
そんなことを考えたような記憶はギリギリあるのだが、どうやらそのあと寝落ちたようで。ふと気づけば肩から布団がかけられた状態で座卓に突っ伏していた。
横に布団が敷かれていたのに気づき、恐らく俺が起きなくて気づいたら自分で移動しろということなのだろうと理解できたが、そこまで体を動かす気になれない。ただ突っ伏した姿勢がきつくなっていたので、上体を倒してそのまま畳に伏す格好で一夜を明かすことになった。
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