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真新しい制服に身を包んで、まだ固そうな革鞄を片手にリビングに入ってきた兄ちゃんは、小学生の自分にはとんでもなく大人に見えて怯んだ。
「にいちゃん……制服……」
「ん? なに、……もしかしてどっか変?」
オレがおずおずと呟いたせいか、兄ちゃんは自分の制服姿を見下ろしてあたふたしている。
「ちがっ……変じゃない! 全然!」
「……なんだよもぉ、脅かすなよ」
苦笑いしてオレの頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜた兄ちゃんの手のひらがいつもより優しくて大きくて、──泣きそうになった。
追い付けない。──追い付きたい。
「~~っ、制服!」
「今度はなんだよ……」
頭に乗っかったままの兄ちゃんの手のひらを振り払って、ムキになって兄ちゃんを仰ぎ見る。どれくらいの差なのだろう。いつか、絶対に──追い付いてやる。
「絶対、綺麗に使ってよ!!」
「はぁ? なんで」
「オレも使うんだから!!」
「…………やれるもんならやってみろ」
突然のオレの宣言に目を点にした兄ちゃんは、だけどすぐに笑ってそう言った。その時はなんだか軽くあしらわれたような、ドヤ顔キメられたような気がして随分拗ねたけれど。
──あの顔はたぶん、嬉しい顔だったんだろうと今更気付いた。
約束通り綺麗に使ってくれた制服と鞄は、両親が大事に保管してくれていた。兄が卒業式の日に両親に伝えてくれたらしい。
『優悟が使うって言ってたから、……まぁホントかどうかは分かんないけど、一応とっといてやってよ』
照れ臭そうに呟いたらしい兄の顔が浮かぶみたいで、切なくて苦しくなりながら制服と鞄を受け取った。
「お兄ちゃんもきっと、喜んでるわよ」
「……だといいけど」
モゴモゴ呟いたのは照れ臭さとほんの少しの後ろめたさからだったけれど、母親の目尻にほんのちょっと涙が滲んでいたことにはわざと気付かないフリをした。
──兄は、交通事故で死んだ。
親友を庇って亡くなったと、周りはみんな信じている。庇われて生き残った方が男だったから、みんなそう信じている。それが当たり前だった。オレだって何も知らなかったら、兄は親友を庇ったんだなと信じたと思う。
だけど、オレは真実を知っている。
『章悟……! しょうご……っ』
あの日。誰の目を憚ることもなく兄にすがりついて泣いていたのは、本当は兄の恋人に当たる人だと。
遺されたオレ達に土下座して謝って、あの人の親が無理やり腕を引いて立ち上がらせるまでの間中ごめんなさいを繰り返していたあの人は、あの日、親友じゃなくて愛する人を喪って泣いていたのだ。
「さ、ちょっと着てみてちょうだい。丈が合ってなかったら困るものね」
「きっとズボンの長さは足りないよ。兄ちゃんよりオレのが足長いもん」
「またそんなこと言って。お兄ちゃんに怒られるわよ」
ねぇ、と写真に収まる兄に笑いかけた母親が、笑いすぎて涙出ちゃった、と下手な芝居をするのを曖昧に頷いて受け流す。
着替えてくるよと制服を持って自室に入って扉を後ろ手に閉めたら、ズルズルと扉伝いにしゃがみこんだ。
「…………にいちゃん……」
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