友人の相棒

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 台風一過の爽やかな朝。その日は休日であり、俺はいつもより若干遅い時間にアラームを止めた。  吹き付ける暴風雨の音に多少は睡眠を妨げられたが、カーテンを開けて明るい日差しを全身に浴びた瞬間、俺は覚醒する。  朝飯の支度の合間に、スマホを片手にSNSのチェックを進める。今日もたいして変わり映えのしない内容を流し読みし、世間はどうあれ自分の周りは平穏そのものだなとあくびをした瞬間、俺の視界に予想外の一文が飛び込んできた。 『俺の相棒が、昨夜、その生涯を終えた』 「はぁあぁぁぁ!?」  一人暮らしのキッチンで、かなりの大声を出してしまったが、誰も責めないだろう。突然の死亡報告など物騒極まる。  しかもそのTwitterアカウントは、職場の同僚であり友人でもある能勢良明のものであり、動揺するなという方が無理というもの。  というか、その『相棒』って一体誰の事だよ!?  職場でもプライベートでも、お前の一番気の合う友人は、俺だと思っていたんだが!? 『奴は昨夜の嵐の中、俺の腕の中で息絶えた』 「え? 外で死んだって、まさか交通事故に巻き込まれたとか? あんな防雨風の中、のこのこ出かけるなよ。何を考えてるんだ」  あいつに、嵐をものともせず一緒に出掛けるような友人がいたのかという軽い嫉妬と、そんな不慮の死を遂げた人物に同情しながら、俺は溜め息を吐いた。 『昨夜は完全に、俺の判断ミスだった。まさか何本も折れてしまう惨事になってしまうとは、全く予想だにしていなかった』 「折れたって……、骨の事だよな。交通事故確定だな。引っかけられたとかじゃなくて、まともに車が突っ込んできて、全身の骨が折れたとか……。でも良明は元気みたいだし、ひょっとしたらそいつが庇ってくれて無傷だったのか? とんでもなく良いやつじゃないか……。単なる同僚の俺なんかより、よほど親友という言葉に相応しいな……」  今、この文章を打っている良明の心境を思い、俺の両目に涙が浮かんできた。自分のせいで、しかも目の前でそんな長年の親友が命を落としてしまったら、俺だったら正気を保てるか分からない。  ここは一つ、上手い言葉を言えるかどうか分からないが、俺が良明をなぐさめてみるしかないだろう。  あいつは諸々のこだわりが強いせいで、間違っても人間関係が幅広いとは言えない。  少なくても職場内では、あいつの親友と思われるくらい付き合いが良く、組んでスムーズに仕事ができる職場での相棒と言える人間は俺くらいだ。朝っぱらから、この友人の傷心を慰められるのは俺しかいない。  そう意を決した瞬間。俺の視界に新たな一文が現れた。 『こいつとの付き合いは、軽く十年に及ぶ。今まで長年、雨風から俺を守ってくれてありがとう。俺の傘』 「傘かよっ!!」  その文章に続けて、何本もの骨があらぬ方向に折れ曲がった、悲惨な傘の残骸の写真がアップされていた。  確かにこれは、あいつの傘だ。間違いない。  自分でも物持ちが良いと言っていたし、そもそも堅実志向と言うか、良い物を見極める目は子供の頃からあったと言う事か。当時中学生だった奴が納得のいく、それなりの値段の物を親に買って貰ったと聞いている。 「……うん、まあ、死人が出なくて良かったさ」  一気に緊張と諸々の思考から解放された俺は、キッチンの床にへたり込んだ。そして次にするべき事を思いつき、色々な意味で困った奴に電話をかけた。 「おい、良明。Twitter見たぞ。あの傘、随分気に入っていたみたいだったのに、残念だったな」  すると良明の、無念さがにじみ出る声が聞こえてくる。 「しかたがない。俺もまさか至近距離のコンビニに往復する間に、突風に襲われるとは思わなかった」 「それで、当然お前は、早急に新しい相棒を探しに行くんだよな? 早速今日から」 「あ、ああ……、ええと……」  ここで電話越しに戸惑う気配が伝わってきたことで、俺は呆れ気味に断言した。 「というわけで、今日の予定は先延ばしな。とっとと一目惚れして、新しい傘をゲットしてこい。お前、仕事ではともかく、プライベートでは妥協しない奴だからな。長引くと面倒だし、いつまでも間に合わせのビニール傘なんて使うなよ?」 「悪い。そうさせて貰う。頑張って今日中に探す。それじゃあ」 「ああ。頑張って、新しい相棒を見つけてこい」  最後は良明を激励し、俺は通話を終わらせた。  今日一日の予定が白紙になってしまったが、俺はそれほど不快には思わなかった。こだわりが強すぎるあいつが、傘売り場を転々としながら悶々と悩む姿を想像して、笑いが込み上げてきてしまったのだ。  もし誰かと賭けをするなら、俺はあいつが今日中に新しい傘を購入しない方に賭けるだろう。でもそういう所が、あいつの美点の一つだと思う。  存分に悩んでやっと購入した新しい相棒を、雨の日に披露して貰おうじゃないか。  そんな事を考えながら、俺は中断していた朝食の準備を再開した。
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