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第77話 退院
エミリオが退院し、ようやく家に帰ってきた。ユーリから「まだ仕事を始めるには早い」と言われているので、二、三日は家でのんびり過ごすことになる。
それを聞いたジェスは酒場の営業時間以外はエミリオと一緒にいる、といい出し、今、ベッドでふたり仲良く並んで横になっている。
傷が塞がったばかりのエミリオに手を出すわけにはいかないと、自分を戒めているのか、ジェスはエミリオを抱きしめるだけでそれ以上のことはしてこなかった。
エミリオが入院している間に、いろいろなことが起こっていたらしい。
ウィズリーが自警団に引き渡され、そのまま王都で裁きを受けることになった。凶行に及んだ理由は何も答えず、現在は牢の中で過ごしているという。だが、ウィズリーはずっと捕らえられているわけではない。罪を償い、問題がなければ冬ごろには牢を出るだろう。
安心できるのは、彼が再びオルデルの町に戻ってくることはないということだ。ウィズリーはもう、オルデルの町にも、もちろんエミリオにも、近づくことは許されていない。
それを聞いたエミリオは、せめてもう一度だけ話がしたかったと心の奥底で思っていた。
どうして友人であるジェスを裏切ってあんなことをしたのか、彼の口から理由を聞きたかった。けれど、それはもうできない。エミリオは暗い表情を浮かべて複雑そうに頷いた。
「……そんな顔するなよ。可愛い顔が台無しだぞ?」
ジェスは困ったように言う。エミリオを笑顔にさせたかったけれど、この状況でそれは難しいことだった。
「ごめんなさい……もう、吹っ切らないとだめですよね」
「無理にそうする必要はねえよ。けど、こういう時は忘れることも必要だな。ずっと抱えてちゃ辛いままだろ」
「ん……」
ぎゅっと抱き寄せる腕に力が込められ、エミリオの顔がジェスの胸に触れる。こんな風にされると、ドキドキしてしまって頭の中が真っ白になる。それをわかっていて強く抱きしめてくれているのかと思うと、胸がじゅわっと熱くなった。
「あ……そうだ、アイリーンさんにお礼しないと」
「ああ、お前が入院している間、図書館の掃除やら返却された本の管理をしてくれてたらしいな」
「花壇の手入れもやってくださってたみたいなんで、本当に助かりました」
「あの酒豪がそんな気の利くことやってるなんて知らなかったよ」
「酒豪……」
アイリーンが酒豪だなんて知らなかったエミリオは、楽しく酒を飲んでいるアイリーンを想像して少し吹き出した。普段から明るいアイリーンが、酔っ払ったらどうなるのだろう。それはちょっと、見てみたい。
「飲むと小説のアイデアが湧いてくるんだとよ。ただの酒好きにしか見えないけどな」
「アイリーンさんとお酒を飲むのは楽しそうです」
「んー? 俺とは一緒に飲んでくれないのか?」
冗談っぽく言われたことを、エミリオは真剣に考えてみた。ジェスとは、ふたりきりで飲みたいという気持ちの方が強い。町のみんなと一緒に飲むのも楽しいかもしれないけれど、それよりもエミリオはジェスを独り占めしていたかった。
「ジェスさんとは、ふたりだけでお酒を飲みたいです……僕はお酒、そんなに強くないですけど……」
思わずぽつりとこぼした瞬間、身体が痛くなるくらい強く抱きしめられた。顔がジェスに触れるどころか、めり込むくらい強い抱擁にびっくりしてしまう。
「むぐ……っ、ジェスさんっ……!」
「あ、わ、悪い悪い! エミリオが可愛いこと言ってくれるからつい……」
慌てるジェスを見てくすくす笑い、エミリオもジェスの身体に腕を回した。
体格のいいジェスを抱き締めようとすると、どうしても抱きすがるような形になってしまう。ジェスのシャツを軽く握って、エミリオはできる限りぴったりと身体をくっつけた。
あたたかくて、心地よい。安らぎの中、エミリオはふわりとつぶやいた。
「このまま……寝ちゃいそう……です……」
「おう。おやすみ」
「おやすみなさい……」
ジェスの存在に安心感を得て、エミリオはそのまますうすうと寝息を立て始めた。ジェスはしばらくその寝顔を眺めていたが、大きなあくびをしたあと、エミリオの額にキスをしてから自身もそっと目を閉じた。
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