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第78話 なみだ
朝が来て、一緒に目を覚まして、朝食を作るジェスの背中を見つめてしばらくぼんやりとする。
こんな幸せなことがあっていいのだろうか。
そんな疑問がよぎるくらい、エミリオはとんでもなく大きな幸福感に包まれていた。
「あのばあさんとこのパン、美味いよな」
「はい。僕はクロワッサンが大好きで、いつも仕事の前に買って行ってます」
「わかる、俺もあのクロワッサン好き」
何気ない会話に朝から胸をときめかせて、これがずっと続いたらいいのにと思ってしまう。今はジェスの好意で暮らしをサポートしてもらっているにすぎないのに。これからも、ずっと――なんて求めてしまう自分はなんて欲張りなんだろう。エミリオは微笑みの中でちくりと胸が痛くなるのを感じた。
「今日の予定は?」
「アイリーンさんのところへお礼に。あとは、部屋の花が枯れてしまっているので、ちょっとお花屋さんに行こうかなって」
「本当だ、枯れてる。全然気にしてなかったな。一緒に行ってもいいか?」
焼きたてのパンとプレーンオムレツがテーブルに並ぶ。ジェスの作るオムレツは今まで食べたことがないくらいふわふわしていて、自分が作るものとはまったくの別物だ。初めて食べた時は、口に広がるバターととろけるようなたまごの味に目をまんまるくして驚き、感動した。
「うわあ……いい匂い」
「お前のその顔が見れるなら、いくらでも作ってやるよ」
その言葉にドキッとする。もしかして、お腹の傷が完全に治ってもずっと食事を作ってくれるつもりなんだろうか、なんていう勝手に希望を持ってしまう。
ただの冗談を間に受けちゃいけない、けど、ジェスならもしかすると――ぐるぐると思考がまとまらなくなってエミリオは毛布に顔を埋めた。
「おいおい二度寝か? せっかく作ったんだからあったかいうちに食べようぜー」
「ふぁあい……」
エプロンを外しながらジェスが笑う。
ずっと、ずっとこの景色を見ていたい。
ジェスと一緒に、ふたりで人生を歩いていきたい。
じん、と目の奥が痛くなって、早く起きなきゃいけないのにたくさん涙が溢れてきて、エミリオは慌てた。
「――な、んで、泣いてんだ?」
エミリオと同時に、ジェスも慌てる。ぽろぽろとこぼれ落ちていく涙を、ジェスは駆け寄って指先で拭った。それでも涙が止まらなくて、次第に肩が震えるほど泣いてしまった。
「待ってくれよ、どうしたんだ? なんで泣いてるんだ?」
「ごめっ……なさい……」
「謝らなくていいから、ちゃんと話してくれよ。俺、なんか酷いこと言っちまったか?」
ふたりで幸せな未来を作りたい。けれど、それは夢のまた夢。
自分の幸せのためにジェスを巻き込んではいけない。
エミリオはただ泣くばかりで何も答えられなかった。
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