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「……彼女は相手が望まぬ限り、力は使わないとおっしゃっておりましたよ」
そういうと、魔王は少し目を瞠った。
「彼女から力のことは聞いたんだな」
「はい。あと、正体は狼だということぐらいでしょうか。驚きましたな。あの成りで狼。しかも、噂の狼だとは」
「そこまで聞いたのか。……が、その噂はどうやら実際は違うらしい」
違う、という言葉に紫はピクリと耳を動かした。
「つまり?」
「ばあさんは病気だったらしい。吐血するほどのな。娘も孫である赤ずきんもなかなか来ない中、孤独に苦しみ、病に苦しみ、そして耐え切れず最後は狼に喰らってくれと頼んだ。だから狼はその望みを叶え、ばあさんを喰ったんだと。そのまま姿を晦ましたらしいから、皮肉なことに狼に罪が着せられたわけだが……」
そう言いながら魔王は天井を見つめた。けれど、見つめているのは天井ではなく狼がいるであろう部屋の方向。
「道中でそんな話を?」
「俺が聞きだした。興味があったからな。けどそれだけだ」
魔王は顔を戻し、静かに笑みを浮かべた。
では、狼は望まれておばあさんを喰らい、そしてその後白雪姫と出会い、喰ったのか。
『そう、望まれたから』
狼の言葉を思い出す。
狼に喰ってくれと望むこと。それは殺してくれという、そう単純な願いではない。
『女王や狩人に命を狙わるようになっちゃった』
狼にとってはその姿で一生を生きることになると同時に、下手をすればその人の人生を代わりに請け負うことになってしまうのに。
そこでふと魔王を見て、紫は目を開いた。
魔王はまた、天井を見つめていた。
けれど、それは先ほどの瞳とは違っていた。
熱が籠ったような瞳で、けれどどこか憎しみさえ感じる、そんな複雑な感情が目の光を揺らしていた。
見たことのない魔王の瞳に紫は声をかけることもできず、ただ見つめる。
しかし瞬きをしたころには魔王は視線を外し、いつもの生意気な笑みで紫を見ていた。
そうだ。
誤魔化すように笑うあの狼の笑顔が、とても魔王に似ていたのだ。
「ま、世話を任せた俺が言うのもなんだがな。あいつの唇には絶対触れるなよ。いくらお前でも死ぬかもしれないしな」
「……承知いたしました」
魔王は紫の返事を待たず、ひらひらと手を振りながら階段を上がっていった。
確かに危険な力だが、彼女自身に特に危険はないように思う。自分の力の危険性を一番理解していた。それなのに、魔王は妙な警戒っぷりを見せる。少し疑問に思いながら、魔王の後ろ姿を見送った。
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