前日譚:ある朝の光景

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「……何をしているのやら」  庭でぐるぐると追いかけっこをしている彼らを、紫は呆れたように見ていた。  人との争いを起こし、魔物を統べる、魔王。  人間に殺され続ける魔物たちの前に突如現れ、このままではいけないと声を上げた、ただ一人。そんな彼を魔物たちが慕い、付き従うのは、助けてもらった恩義だけではない。彼の功績にある。  豆の木を植え雲にある巨人の城に侵入し、宝を盗み、巨人を殺したジャックという人間がいた。そのジャックに魔王は復讐をしようと巨人たちをたきつけ、見事成し遂げさせたのだ。  ジャックは盗んだ宝で富を得た後、巨人族の復讐を恐れ、家の周りに高い壁を築き、さらに多くの兵を雇い、砲台などの武力を集結させていた。巨人族の力といえど、壁に連なる多くの砲台と歩兵の魔法に成す術がないと諦めていた時、魔王はこう言ったのだ。 『壁など破壊せずとも、ジャックさえ出てくればいい』と。  そこで魔王は、月が出ぬ晩に壁の周りを囲むように巨人を配置させた。もちろんジャック達は壁から砲台を撃ち、魔法で撃退した。しかしどれだけ迎え撃っても、減らない巨人の数、一向に動かない巨人たちにジャック達は次第に恐れを抱いていった。  それもそのはず。巨人を配置させたといっても、それは大きな木で作った巨人の形をした人形だったのだ。月が出ぬ暗い晩だ。その大きな影を見て、巨人がやってきたと判断してもおかしくはない。  魔王の狙いはそこにあった。  怖気づかずにただ立っているだけの巨人に、おかしいと思いつつも恐怖を抱いたジャックは、金を持ち去り、から一人で抜け出した。  しかしそこにいたのは、身体を伏せて山のふりをしていた、多くの巨人の群れだった。暗い夜に巨大な体が伏せる姿は山のように見えたのだろう。そのままジャックは巨人に無様に踏まれ、四肢を弄ばれ、死んでいったのだった。  欲に目がなく、臆病者のジャックの性格を見抜いてこそできる心理的作戦。  作戦が成功し、巨人たちに復讐させたその功績から、魔物たちは魔王を自分たちの統率者だとみなし、慕っているのだ。  だから、魔物たちはそんな魔王が連れてきた狼を拒絶しなかった。けれど魔王の信頼があると言っても、どこからどう見ても人間の姿の狼に、怪しいという考えは消えず、みんな離れて様子を伺うだけだった。  それでも狼は積極的に話しかけてはいたが、よそよそしく、警戒されている態度に落ち込んでいる狼の姿を、紫は知っていた。
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