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そこで、ふと紫は窓から周りを見る。外の様子を見ていた仲間たちが笑みを浮かべながら二人のやり取りを見守っていた。何をしているのかと、可笑しそうに、優しく笑って。
まだ仲間になったばかりで、一線を引かれていた狼。
しかし魔王の気さくな態度とからかう様子でどうやらその線を一歩越すことができたようだ。
まさか魔王がこうなることを見越していた、なんてことはない。あれは本気で仕返ししようしてしたこと。そういう子どもっぽいことをする、それが紫の知っている魔王だ。周りの仲間たちには有能で冷静な理想の統率者に映っているようだが、世話をしている紫から見れば、魔王はまだまだ世話のかかる子どもだ。
そんなことはさておき、朝食の準備の続きをせねば。あの二人のせいで変に時間がとられてしまった。今から仲間たちが続々と食堂に下りてくるだろう。急がねば。
紫は窓から目を離し、改めて厨房で準備を進めようと、途中まで進めていたサンドウィッチを見下ろす。ハムや卵など具材はほとんど揃えているから、あとは野菜を挟むだけ――……
「ん? 野菜?」
先ほど狼が投げていたものを改めて思い出す。
あれは野菜だ。今日の朝食に出そうと思って狼に頼んだ野菜。
キャベツはサラダにして、玉ねぎと人参、ジャガイモはコンソメスープの具材にして、レタスはサンドウィッチに挟もうと――……
「……昨日の生米の残りはあっただろうか」
紫は厨房の麻袋を探った。
その後狼との追いかけっこを終え、お腹を空かせた魔王の目の前に置かれた食事は、昨日の晩とそっくりそのままだった。
引きつりながら生米をスプーンで掬う魔王に、今度は狼が嬉しそうに笑い声を上げた。
その二人の姿に、食堂からどっと笑い声が響く。
笑いの絶えない朝の光景。まるで戦争などしているのが嘘のような、幸せな光景。
こんな光景が続けばいいと、誰もが思っていても。
争いは絶えなかった。
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