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前日譚:魔王がみた夢
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食欲を掻き立てる、香ばしい匂いがする。
ゆっくりと目を開け、焦点を合わすように何度も瞼を動かす。
火の池が見えた。
石に囲まれた狭い世界で火の子が揺れる。捧げ物のように置かれた四本の串刺しの肉に祝福を与えんと、優雅にゆらゆらと、踊り、火にあてられた肉から肉汁が溢れる。思わずごくりと唾を飲み込んだ。しかし串に手を伸ばそうとしたところで、ふと動きを止めた。
今、何してんだっけ。
ぼうっとする頭が徐々にはっきりとし、周りの音もやっと耳に入ってきた。
浜を覆うように繰り返し奏でる波の音
夜を教えるフクロウの鳴き声
身体を撫でるように吹く風の音
そして自然の音楽に割り込むように、けれど一緒に奏でるように紡がれる、楽しそうな誰かの笑い声。
あたりを見渡すと星々を映した夜の海を背景に、見慣れた三つの影が焚火を囲むようにして座っていた。
猿、雉、犬。三つの動物の影たちだった。
ああ、そうだ。思い出した。彼らは仲間だ。ずっと旅をしてきた大事な仲間。
たしか明日仲間たちと目指していた島に到着するから、前祝いをしようとなったのだ。
最初に言い出したのは猿で、みんなで酒を飲んで気持ちを高めようと、そう提案したのだ。雉は決戦前に馬鹿なこと言うなって怒ってたけど、犬が宥めて、自分もいいじゃないかと言って飲み始めたのだったか。
今でも雉と猿が喧嘩をしながら飲み比べをはじめ、犬が宥めながらも笑みを浮かべその光景を見守っている。
ああ、懐かしい。
懐かしい匂い、懐かしい笑い声、懐かしい光景。
このまま浸ってしまっていたい。
そう願いを込めて掴もうと手を伸ばした。
掴んでいないと、失われるような気がしたから。
伸ばした腕に気づき、三匹が顔を向ける。不審に思う彼らを捉えながらも手を伸ばし続けると、三匹はしょうがないなぁと苦笑いをしながら、手を伸ばし返してくれた。相変わらず自分に甘い彼らに、どうしようもないほど泣きたくなる。
掴め、掴んでくれ――……
伸ばした手が、彼らの指先に触れた。
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