前日譚:魔王は目を逸らす

2/3
前へ
/21ページ
次へ
「で、何だったんだ?」  紫をからかい終わったところで話を戻すと、紫は先ほどの小姑からすっと部下の顔つきに切り替えた。 「占領した人間の都市で反乱が起きました」 「……なに?」  魔王は睨むように目を細めた。  後退気味であった戦線を大きく巻き返し、先日人間の大都市部の占領に成功した。その都市は川に面しており、周辺の道路網も整備されていた。ここを占拠できたことにより、前線部隊へより早く物資を配給することができる。そう喜んでいたところでこれだ。 「都市にいた人間を捕獲した後、監視をしていた魔物が五匹殺され、人間どもは現在教会で籠城しています。補給拠点にしようと思っていたので、あまり長引かせると少々厄介ですぞ。いかがいたしましょう」  あらかた状況を聞いた魔王はため息をついて、手に持っていたティーカップを無意味に揺らした。 「……あいつら馬鹿か? 占領している都市で籠城なんかしても今更意味がないってーのに。負けを認めたくないのか、それとも頑張れば勝てるとでも思っているのか。いまだに魔物は狩るものだと思い込んでるらしい。……人間は愚かだな」  魔王は冷ややかな目で紅茶の水面を見つめる。そこに映るのは額に二本の角が生えた、人間に近い顔つきをしている自分の姿。魔王はソーサーの横に置いてあったミルクを取り、紅茶に注いだ。 「どういたしますか」  紫の問いかけに魔王は注いでいるミルクを見つめながら考えを巡らせる。 「……飛翔部隊を使って爆薬を投下しろ。だが道は壊すな。建物を少し破壊するだけでいい。怯えて逃げたところを殺せ」  魔王の言葉に紫は少し目を瞠った。 「よいのですか? 何か使い道があると考えて殺さなかったのでは?」 「構わん。だが全員は殺すなよ。……そうだな、なるべく若い奴らを生き残らせろ」 「なぜです? こうなれば全員殺してしまってもよいでしょう」 「奴らに俺たちの恐怖を刻み付けるためだ。若い連中のほうが心を折れさせやすい。できたら労働力に回してこき使え。馬鹿でもそれぐらい役に立つだろ」  元々人間を生かしていたのは、次の作戦で敵を誘い込むための餌にしようと思っていたからだ。しかしこうなってしまった以上、こちらも然るべき対応をしなければならない。最悪生き残った人間を次の作戦で使えばいいだろう。それか、わざと逃がしてその恐怖を人間どもに吹聴するよう仕向けるのも悪くないかもしれない。  紫が納得したように頷いたのを見て、魔王は続けた。 「だが敵からの救援部隊が来る可能性もある。別動隊を編成して待機させろ。それはお前の弟たちが適任だろう。お前には引き続き補給拠点の管理を任せる」  紫の弟たちは、堅物な兄とは違って呑気で陽気で、楽しいことが大好きな小さい爺さんたちだ。しかし見た目に反して、戦闘力が仲間の中で一番強く、戦闘要員としてもかなり活躍している。そんな彼らなら突然敵がきても対処できるだろう。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加