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魔王の命令に、紫は顔を顰める。
「飽きて勝手に持ち場を離れないかが心配ですが、承知いたしました」
紫は頭を下げ仕事に取り掛かろうと背を向けた時、魔王は紫に問いかけた。
「誰が死んだ?」
ぽつりと呟いた魔王の言葉に紫は動きを止めた。足を止めても、その顔が振り向くことはない。
「……五匹です」
紫は無情に淡々と答える。しかし魔王は静かに否定した。
「そうじゃない」
「……魔王様」
諫めるように名前を呼びやっと紫が振り返った。苦悩するように歪んだ紫の表情が目に映る。知っているくせに。この問いかけを、もう何度も紫にはしているのだから。
「仲間の誰が、死んだんだ」
そう静かに問うと、紫は口を結び堪えるようにゆっくりと首を横に振った。
「あなたはどうして、そうやって自ら負荷を背負うとするのですか」
顔を上げた紫と目が合う。その瞳には憐れみと、懊悩が見えた。
何を憐れまれることが、何を悩むことなどあるのだろう。
魔王はぐっと祈るように両手を握り、額にあてた。
「俺だけは、彼らが生きていたことを覚えてなければならないからだ」
また守れなかった。守らなければならない仲間たちを、また死なせてしまった。
だからせめて、彼らが生きて、戦い、死力を尽くしてくれたことを、彼らを守れなかった罪を、覚えておかなければならない。待ち受けている未来に彼らを残すためにも、彼らを連れてきた責任として、自分だけは絶対に。
その時、外で歌声が聞こえてきた。
ふと窓の外を見ると、庭で狼が六人の小人と何やら一緒に歌っていた。
歌いながら小人たちは踊りだし、狼もつられて彼らと手をつなぎ簡単なステップを踏んで踊った。
大きな口を開いて、笑みを浮かべ、楽しそうに。
『人間の白雪』が『魔物である小人』と。
その光景はまるで――……
はっと自分の考えを振り払うように何度も頭を振る。
いけない。考えてはいけない。
その考えだけは、もってはいけない。
手で額を抑え目を伏せた。瞼を閉じれば何度でも思い浮かぶ。
あの炎が、煙炎が、かつての仲間の亡骸が。
決して忘れるなと、訴えるように。
「ねー! なにしてるのー?」
遠くで呼びかける声に魔王はゆっくり目を開ける。
声の方に顔を向けると、庭にいた狼が嬉しそうに手を振っていた。
明るさが零れた無邪気な笑みを向けて、隣の小人たちと一緒に。
その光景を遮るようにカーテンを閉める。
ああ、ほんとうに――……
「あいつを見てると、時々嫌になる」
暗くなった部屋で思わず零れた心の欠片。紫にどう映ったのだろか。
魔王は怖くて、後ろを振り向けなかった。
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