前日譚:二人の夜

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前日譚:二人の夜

 魔物との戦争がはじまり、数か月が経った。  アルフェルド王国、王都アルカードでは平和な日常が送られていた。街行く人々は道の店頭に並ぶ鮮やかな色彩の野菜に目を取られ、噴水の前で芸をする旅人に拍手とコインを贈り、街中に漂う肉汁や焼き魚の香りに鼻をひくつかせた。  そんな賑わう街にある大衆向けの木造レストラン。そこに珍しい客人が、肉の煙舞う店内で食事を待っていた。緑のプールポワンにゆったりとしたズボンを履いた中年の貴族男性だ。彼は貴族ではあるが庶民向けの食事を好み、仕事の昼休憩に家族に秘密でこうしてこっそり食べにきているのだ。ナイフとフォークで行儀よく食べなければならない高級店とは違い、肉をガブリつくように食べるその豪快な食事方法が気に入っている。これが一日の一番の楽しみといっても過言ではない。今日の肉料理も楽しみだ。鼻歌が出そうなのを抑えながら懐からパイプを取り出す。火をつける際、近くの席で広げられている新聞の記事が横目に入った。 「戦争はどうなっているだろうなー」  そういってパイプをふかし、昼飯にと誘った向かいに座る部下の青年に、何気なく話しかけた。吐かれた煙が雲になって青年を囲う。男性とは違い白いシャツに黒いパンツズボンというシンプルな服装だが、首や指につけている高価な装飾品が、青年の階級を有体に示す。  青年はパイプを吸い込む上司の姿を羨ましそうに見つめた。最近煙嫌いな嫁にパイプを取り上げられたばかりなのだ。酒とパイプと肉料理の組み合わせは最高だというのに。  青年も貴族であるが、よくこの上司に大衆向けの店に誘われるようになってからは、高級店では味わえない、味の濃い肉料理が好きになっていったのだ。だからこそ、今ここにパイプがないことが恨めしい。ため息を抑え、手持ち無沙汰を誤魔化すように頬杖をつく。 「確か昨日の号外では中南部の大都市ケルベルあたりでおっぱじめてるんでしたっけ? ま、けど勝ってるに決まってるでしょ。なんせ相手は魔物。それにあそこは中南部でも要塞っていわれてるところっすよ。楽勝楽勝」 「だよなー」  二人はガハハと下品な笑い声をあげる。それと同時に、先に注文したビールがテーブルに届いた。仕事中ではあるが、肉には酒と相場は決まっている。仕方がないのだ。心の中で言い訳をしながら、二人は樽の形のビールジョッキを勢いよくぶつけ合い、一気に飲み干した。 「今頃ぶっ潰して、向こうで勝利の祝盃でも上げてるんじゃないですか?」 「一応志願兵も募集されてたみたいだが、全然集まらなかったって話だもんな。ま、魔法兵と一般兵で十分だわな」 「つか、万が一俺が行くことになったとしても、魔物なんかぶっ潰してやりますけどね!」 「おうおう! 若いもんには負けねーぞ?」  酒がいい具合に周り、調子のいい冗談交じりの会話が飛び交う。  そう、すべては冗談。本気で戦いに行こうなど二人とも思ってはいない。最初は意表を突かれるように侵攻してきた魔物たちを抑えられなかったと聞いたが、今では巻き返していると街の号外でも言っていた。当たり前だ。魔法道具さえあれば、魔物になんか負けるはずがない。だから戦争の話を聞いても、自分の国の話であるのにどこか他人事のように感じてしまうのだ。  こんなのはすぐに決着がつく。だから戦争になんか関係のない自分たちは、こうして酒を飲んで、冗談や嫁の愚痴を言っていればよいのだ。 「魔法道具があれば、あいつらなんて俺らでも余裕……」  青年は調子良く立ちあがり、酒にあてられ赤くなった顔で声高々にジョッキを掲げた。  その時――…… 「号外だぁあー!! 号外だああー!!」  賑やかな光景の中に紛れ込むように、不穏な叫びが街を切り裂いた。
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