前日譚:出会い

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 紫は案内をしようと女性に近づき改めて彼女の顔を見上げた時、眉を顰めた。  この顔、どこかで見たことあるような。  伸びた自分のモワモワの髭を弄りながらじっと女性を見つめ、瞠目した。 「……思い出しました。王女の白雪姫様ではありませぬか。人間ですが、よいのですか? 魔王様」  確か街へ買出しに出かけた時、王女の似顔絵が掲示板の張り紙に貼られていたことを思い出した。  美しく聡明で、動物にさえ愛される心優しい人物であると、そう高々に書かれていたし、何故か隣で同じように掲示板を見ていた男が自慢げに語ってきたのでよく覚えている。しかしその時紫は、「動物に愛されながらも、その口で豚を食し、その体には熊の毛皮でも被ってるんだろ」と思わず漏らしてしまったのだ。その直後、周りからかなりの白い目とブーイングを浴びせられ、買い物は普段の三倍の値段で売られる羽目になった。  嫌な思い出に顔を歪ませていると、魔王は何故か得意げな笑みを浮かべた。 「そこに気づくとはさすがは博識の紫だ。実はな、こう見えてこいつは白雪姫ではないんだ。彼女の持っている力に関係するんだが、まあその辺は彼女にでも直接聞いてくれ。いずれこの争いの役に立つ」 「ほお? 魔王様が絶賛するなどとは。これは期待できますな」  魔王側にいる魔物はそれぞれ特徴的な力を持っている。  老婆の姿をした変わり者の妖精や未来を予言する魔法の鏡、他にも複数の動物と合体して大きな獣になれる者達やら。とりあえず変わった力を持つものが多くいる。  魔王はいつも役立つ能力かどうか関係なく受け入れているので、今回のように能力に対して褒めるのはとても珍しいのだ。 「……そんないいものでもないけど」  驚いていると、悲し気にぽつりと呟いた声が聞こえてきて、声の方向に紫も隣にいた魔王も顔を向ける。俯き目をわずか伏せている彼女はまるで一枚の絵画のようだ。  紫はふと魔王を横目で見た。見つめる魔王の視線にどこか感情が籠っていることに気づいたからだ。  そこに、少しだけ憐れみがあるような。  途端ドンッと雷が落ちる音が響く。その音をいいことに魔王は気を取り直すようにわずかに笑みを浮かべて紫に目を向けた。 「では紫。彼女の部屋に……そうだな。俺の隣の部屋にしてくれ。皆には後で紹介する」 「はあ。わかりました。魔王様も女性に興味がおありだったのですね。意外でした」  隣の部屋にするなど、よっぽど彼女のことが気に入ったのか。いつも魔物たちを従えてるこの人にも甘酸っぱい恋心があったとは。  しかし魔王は紫の発言にカラカラと笑った。 「違う違う。ただの監視だ」  そう笑いながら魔王は食堂の方へと消えていった。
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