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紫の摘まんだ帽子を目で追っていた彼女は、あぁと納得したように声を上げた。
「だから君は紫って呼ばれていたんだね。じゃあ私もそう呼ぼうかな」
そう言いながら落ち着いてきたのか彼女は座っていたソファの背もたれにボスンっと音を立て、身体を預けた。その様子を横目に、紫はティーポッドに茶葉をいれていく。
「あなた様はなんとお呼びすれば?」
「……もう、忘れちゃったや。色々違う名前で呼ばれすぎて」
少し寂しそうな声色に紫は茶葉から目を離し、彼女に顔を向ける。しかしその声色とは裏腹に、目が合った彼女はにっこりと笑って見せた。その表情に紫は目を眇める。
何かを、誤魔化すような笑みだ。
それがわかったのは、彼女のように笑って誤魔化す人物を、紫はよく知っていたからだ。
紫は、はぁとため息をつき、改めて彼女の上から下を眺め推理してみることにした。
人間であり王女である白雪。
しかし魔王は彼女は白雪ではないと言い、色々と違う名前で呼ばれたとも言っていた。
「……それは、その姿と関係が?」
「さすがは博識の紫!」
少しふざけたように魔王の真似をする彼女に、紫は表情を変えずに見つめ返した。ちなみに全く似ていない。
しばらく何も言ってこない紫に、彼女はとうとう口を結び顔を赤くして俯いた。
恥ずかしいのならやらなければいいのに。
呆れていると、彼女は気を取り直すようにコホンと咳ばらいをした後、さっきとは打って変わって口元をわずかに上げ、魅惑的に微笑んだ。美貌に恵まれると微笑み方一つでこうも印象が変わるものなのだと、紫は全く話とは関係のないことに関心した。
「私の力は、喰らった相手の姿と力を得て殺す力。恐ろしいでしょ?」
「それはそれは。また変わった力で」
紫はそう言いながらティーポッドにお湯を注ぐ。言葉とは裏腹に驚いた様子のない紫に、逆に彼女が面食らったように目を開いた。
「怖がらないんだね。さっきのあの人と一緒だ」
「ここには色々な魔物が集まっておりますからな。つまり王女の白雪姫をあなたは喰ったわけですな」
紫は紅茶を入れたティーカップを差し出す。柑橘系の爽やかな香りが漂い、誘われるように彼女はティーカップを覗き込む。見下ろす彼女の顔が紅茶に映し出された。
「喰ったといっても、食すわけじゃないよ。ただ相手と唇を合わすだけでいい。まあ、つまりは、その、キスだね」
「ほう」
「そ、それで私は白雪姫の姿を手に入れたの。あいにく、能力や力は何もなかったけど。姿を手に入れたおかげで、女王や狩人に命を狙わるようになっちゃった」
ティーカップを持ち上げ紅茶を一口含む。温かい紅茶に落ち着いたのか、彼女の口からほうっと息が漏れた。
「それはそれは。美しさに惑わされ、触れてしまわないよう気を付けなければなりませぬな」
「安心してよ。私は相手に望まれた時にしか、力は使わないよ」
そう言って彼女はもう一口紅茶を飲み、そのまま一気に傾けた。喉が渇いていたのかもしれないが、やはり体が冷えていたのだろう。飲み干した後、彼女は紫に笑いかけた。
「そういうわけだから、私のことは白雪でもなんでも呼んで構わないよ」
そうは言われても。紫は困った。
白雪、と呼ぶのも何か違う気がするし、兄弟と同じように色で呼ぼうと思っても、これと言って彼女を表す色はありそうにない。けれど名前がないのも不便だと、うーんと首を捻って考えていると、ふと疑問が思い浮かんだ。
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