月光魚

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「悪くない人生だった。お前がいてくれてよかったよ。本当はもっと早く地面に移してやるべきだったな。ずっとその中で過ごすのは窮屈だっただろう?」  そんなことはない、という意思が伝わってくる。月島は慈愛に満ちた目で微笑んだ。 「私はもう長くない。だから元気なうちにお前と別れることにした。寂しいけれど、夜は月を眺めるよ。お前を想ってこれまでの人生を振り返るのさ。死ぬまでの暇つぶしにしては、中々上等だと思わないか?」  山の方から風が吹いて、枝がきしきしと揺れた。きっと今、笑ってくれているのだ。  車のエンジン音が遠くからやってくる。やがて現れたシルバーの車体から、三ツ木が顔を出した。 「やあ、よう来てくれた。無理を言ってすまないね」 「月島さん、お体の方は……」 「ああ大丈夫、今日はえらく調子がいいんだ」  スーツ姿の三ツ木は車から出て、植木鉢の桜に目を向ける。 「これが、おっしゃっていた桜ですか?」 「うん。私にとって命よりも大切なものなんだ。できれば毎日水やりをしてあげてほしい。こいつは寂しがり屋さんだから」 「ええ、承知しました」  三ツ木はこくりと頷いた。彼とは十年以上の付き合いになる。どんな約束もきちんと守る誠実な男だ。彼になら魚桜を任せられると思った。 「あんたひとりで大丈夫かい?」 「ハハハ、これでもまだまだ身体は元気ですよ。この植木鉢はきっちり梱包して運びますので、どうぞご安心を」 「よかった」  月島は魚桜をじっと見つめる。何十年も一緒にいた相棒。月光魚を宿す桜。あの夜のことが、今までの人生が一斉にフラッシュバックする。
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