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趣を感じさせる一軒家をあとにして、月島は山沿いの道を歩き始めた。勿論この時間に車など通るはずもない。
「暗いな」
そう呟いたものの、予想よりも夜目が利いていた。ずっと暗い部屋の中にいたからというのもあるが、何よりも月明かりが夜道を照らしてくれている。これほど目映い月は生まれて初めてだ。今夜はスーパームーンなのかもしれない。無意識のうちに、自分はこの月に呼ばれていたのだと感じた。
草木の瑞々しい香りが夜に満ちている。闇の中、虫の澄んだ鳴き声とアスファルトを歩く靴音だけが聞こえた。夜風が顔を撫で、身体を包み込んでは彼をも夜の一部と化した。不思議な感覚だった。最初抱いていた夜への恐怖はするりと解け、どこか懐かしい知己にでも会ったかのような安心感を抱かせた。今ならどこにでも歩いていけそうな気がした。
これが午後八時から十一時の時間帯――人間がまだ活動している時間――なら、きっと怖かったはずだ。しかし今は深夜で、誰もが眠りについている。今、起きてここを歩いているのは自分だけなのだ。そう思うと、まるでこの世界を独り占めしているように思えた。非日常感に心を躍らせながら、月島はさらに夜へ身を浸した。
月光魚。名前の通り月光の輝きを放つ魚。発光する魚なんてと思うものの、光を放つ生物は案外自然界に存在している。蛍がそうだし、魚だってチョウチンアンコウがそうだ。そう考えると、光る魚というのはそこまで混沌無形なものではないように思えてきた。
でも、どうして祖父はそれを探せと言ったのだろう?
孫に不思議なものを見せてやりたいと思ったのだろうか。それならばもっと元気なうちに見せてもよかったはずだ。
それとも、見せてやりたくてもできなかったのだろうか。今夜のように、類い希なる満月でないと駄目なのかもしれない。ますます自分が祖父の言葉を思い出し、出かけようと決心したのが運命に思えた。
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