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「今も生きてくれてたらなあ」
月光魚を探しなさいと言われても、どこにいるのかとんと検討もつかない。
いや、確か幼い頃の自分はどこにいるのかと聞いたはずだ。それでこんな答えが返ってきた。
それはどこにでもいるし、どこにもいない。気付けばそこに現れている。まさしく風のようなものだ。
「禅問答じゃないんだからさ」
月島は苦い顔でそう呟いた。あまりにも抽象的すぎてさっぱり分からない。
歩き出してから五分ほどで、その川が見えてきた。段差を下っていくと、手前側は砂利が広がり、七メートルほど離れた奥の方は、鬱蒼とした草木がこちらにもたれるように茂っている。今は暗くて分からないが、昼間は川底の砂利が見えるほど透き通った水が流れているのだ。自分も幼い頃はよくここで泳いでいたことを思い出す。
近付くと空気が冷え込むのを感じた。ぷんと水の香りがする。こんな時間に川を訪れるのは初めてのことだった。それは日常生活と剥離された世界だ。もしかしたらここは夢の中なのかもしれない。
足元に用心しながら玉砂利の上を歩く。深夜の川は静謐な空気に包まれていた。透明なせせらぎが心を潤していく。月島はゆっくりとしゃがみ込んだ。耳をくすぐるとろりとした水音が心地いい。これだけでも出かけたかいがあったと思った。
懐中電灯を消す。周囲はほんのりと薄明るい。月光を反射する蒼い水面が朧気で、眺めていると心が落ち着いた。
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