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月島は目をこすってみた。しかし、それは消えることなく存在していた。それでも尚、目の前の光景が信じられない。
それは確かに光り輝く魚だった。闇夜の中、煌々とその存在感を放っている。だが、遠目からでもその特異性がよく分かった。その魚は、身体が月光でできていたのだ。
「綺麗だ」
無意識のうちにそんな言葉が口から漏れていた。暗闇を飛び交う蛍の光も情緒があっていいものだが、この魚の幻想的な美しさはそれをも凌駕していた。
月島は川の手前まで近付き、再びしゃがみ込んだ。月光の化身はゆらゆらと彼の元に移動する。水面の揺らぎでシルエットが幾度となくぶれる。もう手を伸ばせば触れそうだった。月島はごくりと唾をのみ、そっと指先を水に浸す。
とぷ……。
その指が月光魚を捕らえることはなかった。伸ばした指は金色の魚をすり抜けてしまう。予想はできていたことだが、それでも何とも言えないもの悲しさを抱かせた。それはまさしく鏡花水月。この不思議な魚は実体を持たない存在なのだ。
確かに、これでは他人に話せない。月光の身体を持つ魚なんて、どれだけ真剣に話したところで与太話だと思われておしまいだろう。やはり祖父の言っていたことは正しかったのだ。それを証明できてほっとすると同時に、もうひとつの「救ってやってくれ」という言葉が気になった。まさか天敵でもいるのだろうか?
「よしよし」
この魚は自分の元から離れようとしない。子犬のような人なつっこさを月島は感じていた。向こうも人間と接することなんて滅多にないから、案外嬉しいのかもしれない。
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