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「月光魚。お前のように不思議な存在を見たのは初めてだよ」
月島はしばらく月光魚に話しかけていた。ずっと読んでいるお気に入りの小説のこと、祖父が不思議な魚を教えてくれたこと、田舎暮らしは退屈だと言われているが、結構自分の性には合っていると思っていること。声をかけるたびに魚は身をよじったり、小さく旋回したりした。なかなか可愛らしいやつだ、と月島は思った。最近彼女に浮気されていたことを話し終えた頃には、すっかり心を通わせ、確固たる友情が芽生えていた。
「それでさ……あれっ?」
その時、月島はあることに気が付いた。
月光魚が、少し小さくなっている。
気のせいだろうか、いや、最初は鯉ほどの大きさだった。今は少し縮んでいる。
その瞬間、彼は祖父が言っていたことの意味を理解した。
満月の夜、少しの間だけ姿を見せる。おそらくこの魚は、時間と共に身体を失い、消えてしまうのだ。宙に浮かんだシャボン玉が、やがて弾けては消えるように。
「お前、消えるのか?」
月島は眉を下げて言った。魚は何も答えなかった。
せっかく出会えたのに。何とかしてやりたい。そう考えたところではっとする。そうか、祖父もきっと同じ想いだったのだ。どうしても救ってやれず、心残りになっていたのだろう。
祖父の無念を晴らすためにも、どうにかして助けてあげたいと思った。どうすればこの魚が消えずにいられるだろう。必死に思考を張り巡らせるものの、打開案は浮かばない。そもそもこの魚は実体がないのだ。水に浮かぶ月をどう扱えというのか。
「……扱う?」
その時、何かが引っかかった。祖父の言葉が脳裏にちらつく。
月光魚は水面に存在する魚。それを意識した瞬間、ある考えが浮かび上がった。分の悪い賭けだが、どうせ消えてしまうなら試してみるべきだ。
「ちょっと待っててくれ、俺が何とかしてやるから」
儚い魚にそう伝え、月島は全速力で走り出した。
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