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家が近所でよかったと心から思う。帰宅するやいなや大急ぎでバケツを取り出し、再びあの川へと走り出した。火照った身体を向かい風で冷却しながら、冷たい空気を肺に取り入れる。焦りが熱を冷ますことを許さない。
手遅れだったらどうしようか。もしかしたらあれは自分が見た幻影で、初めから月光魚なんていなかったとしたら。後者ならまだいい。間抜けがひとり見つかるだけだ。だが前者だったら……考えるとぞっとする。自分は、あの愛嬌のある不思議な魚を助けたいのだ。
ようやく川に到着する。しかし、水面にはただの月光が揺らめいているだけだった。
「そんな……!」
肩で息をしながら情けない声を出す。と、その時、岩の背後からその魚は現れた。少し移動して隠れていただけだったのだ。ああよかった。深い安堵の息を漏らす。
十分ほどしか経過していないのに、もう月光魚は岩魚ほどの大きさに変わっていた。残された時間は少ないようだ。あと数分もすれば、この魚は消えてしまうだろう。
水面に浮かぶ月光魚。それに触れることはできない。
だったら、直接触らなければいい。
「さあ、おいで」
月島は優しくバケツを向け、そっと川に浸す。金色の魚はすいと中に入り込む。それを持ち上げると、丸い水面に月の魚が収まっていた。水面に存在するのならば、水面ごと掬ってやればいいのだ。
それを覗き込み、魚が放つ風雅な輝きにうっとりする。しかしもたもたしている余裕はない。月島は右手で用心深くバケツを握り、左手で懐中電灯を構えて小走りで駆け出した。
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