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翌朝学校に行くと、下駄箱の前でヨッシーに会った。
なんだか、笑顔がまぶしい。
「茜、はよー!元気ないね!?」
「昨日、草取りさせられてさ」
「えー!?」
そうじゃない。
本当は、夜更けまで寺西さんのメールを待っていた。
だから寝不足で、目が腫れてる…。
後ろから、ミミがやって来た。
「ヨッシー、ストラップ変えたの?」
「そう。変えた」
ヨッシーにしては珍しい。
いつもはチープでポップな物が好きなのに、
フランス雑貨風の可愛らしいモチーフがユラユラしている。
「昨日さ、寺西さんと代官山に行ったんだ」
凍った。
マジで凍りついた。
「うっそー!それってデート?」
ミミが叫んだ。
私は、寺西さんとデートすることを誰にも言っていなかった。
だってノンはさ、
デートするくらいのことで、
いちいち人に報告しない。
それが、カッコイイなぁと思ってたから…
なんなんだ。
なんなんだ、寺西さん。
私でなくてもいいのか。
ヨッシーが羨ましいし、憎らしい。
いや、憎らしいのは母さんだ!
いや、そもそもナカタのオバンが…!
教室に向かって、みんなの後を追いながら、私の心は猛嵐だった。
寝不足と、
精神的ショックで、
もう散々・・・。
焦ってもう一度連絡したのに、相変わらず返事がない。
「あ、」
とヨッシーが手元の画面を見た。
「寺西さんだ」
ヨッシーには返している!!
打ちのめされた…。
ぼんやりと帰り支度をしていたら、ノンが話しかけて来た。
「ね、ちょっと来て!来て!来て!」
ダラダラしながらノンについて行くと、階段の下に連れてこられた。
ノンは、誰もいないことを確認して話し始めた。
「ヨッシーさ、寺西さんとヤっちゃったかな」
「え。ど、どうだろう?さすがに、そこまでは・・・初デートでしょ」
「寺西さんさ、手が早くて有名なんだよね。それも高校生と中学生ばっかり」
聞きたくないような気がする…
ここまで聞いたら仕方ない。
「まず、ドライブに誘うでしょ。海に行って、インテリアのショールームに連れて行くのね」
「うん」
「それで、『うちに熱帯魚見に来ない?』って誘って、部屋に連れ込んで、電気を全部消して、水槽の明かりだけにして、ワイン飲ませて・・・」
「ヤっちゃうと?」
「そう。いつも同じ手なんだって。マンションから年中、学生が入ったり出たりしてるって」
ぞっとした。
熱帯魚のことは、覚えがある。
前回会ったときに、確かに同じセリフで誘われた。
その時は、かなり時間が遅くて、
母さんがどれだけイライラしているかと気が気じゃなくて、断ってしまったのだった。
そのことを言うと、ノンは頭を壁にもたれかけた。
「ヤっちゃったかなぁ」
「でもヨッシーは、しっかりしてるし。ミミなら、速攻引っかかりそうだけど」
「茜、聞いてきて!」
「ええ?私がぁ?」
「ヤってたとしたら、私は顔に出ちゃうもん」
「私だって出るよっ!!」
次の日、私はヨッシーを誘ってパスタの店に出向いた。
私とヨッシーはイカ墨のスパゲティーが大好きで、年中ここに来ている。
ミミはイカ墨なんて見るのも嫌!と言って来ないし、
ノンはもとから忙しいので、
いつも二人で来る習慣になっていた。
翌日、便器が真っ黒になるとしても、
イカ墨って素晴らしい。
そして、このオリーブオイルとニンニクの・・・いや、そんなことはどうでもいい。
もうデザートまで来てしまった。
聞け!聞くんだ!私!
「ヨ・・・ヨッシーは、またデートするの?」
「え?」
「ほらぁ、例の社会人さんとー?」
まるで、ナカタのオバサンと変わらない。
すっごい不自然。
自己嫌悪…。
こっから、どうすりゃいーんだ!?
「うん。だって付き合ってるから」
あっさりと、ヨッシーが言った。
「つ、付き合ってる?」
「うん。ていうか、この間のデートでもう・・・」
あああああああああああああ
・・・ヤっちゃってた。
この子ヤっちゃてましたよ・・・。
「全然、そんなつもりじゃなかったんだけどね」
心持ち頬を赤らめながら話す内容は、
ほぼノンから聞いたとおりだった。
ちなみに、ヤツのイタリア料理の腕前は相当なものらしい。
ワインのつまみなんか、あっという間に作ってしまうそうだ。
努力してんな、寺西。
でもお前、キモイ。
そうだ…。
母さんも気持ちが悪いと言っていたっけ。
でも母さんが正しいわけじゃない。
会ったこともない相手を悪く言うのは、良くないことだ。
ええ、良くないことですよ?
恋に輝くヨッシーを眺めつつ、私はジェラートを突いた。
ペパーミントが口の中に入ってきて、
妙な風味が口いっぱいに広がったけど、
なんだか吐き出すことができなかった。
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