ローズヒップ 

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英語科準備室のドアを開けた。 いるいる。 「小麦ちゃん、お湯!」 と担任に言った。 「は?」 「お湯!」 小麦ちゃんが顔をひきつらせた。 「茜…それ英訳したら『KOMUGI is hot water』だから。私はお湯じゃありません」 「お湯ちょうだい」 「Please English!」 「ホットウォーター プリーズ」 「Why?」 「これ」 小麦ちゃんが思わず英語を忘れた。 「ローズヒップじゃない!」 「知ってる?」 「知ってる。私が学生の頃に流行ったよ。今、また品切れなんでしょ?」 「そうだよ。ららぽで買って来たの。先生にも上げる。 あんど ホットウォーター プリーズ!」 教室に運んで、仲良しグループでローズヒップティーを飲んだ。 「味、うっすいよね」 と私は言った。 「ハイビスカスと混ぜて飲むんだよ」 とノンが言った。 「そうなんだよね。私、ローズヒップしか買わなかった」 「超すっぱくなるけどね」 酸っぱいのは、そんなに嫌いじゃない。 ハイビスカスも買えば良かった。 そう言おうとしたとき、 隣のクラスの翔くんが教室に入ってきた。 「ノン。どうすんだよ、日曜日」 翔くんは、マジで格好いい。 痩せてるのに、手とか腕とかゴツゴツしてる。 サッカー推薦で、うちの高校に入ってきたんだけど、 一年の時からレギュラーをやっている。 二年生になった今年は、県大会でベスト4まで進んだ。 モテようなんて思ったことないけど、モテてしまうような人。 ノンとは付き合ってる訳ではないんだけど、気が合うみたい。 「だから、ハチ公でいいじゃんって」 「あそこ、くっせーからヤダ」 「代々木公園だと、広すぎんじゃん」 日曜日に、 男友達と、 予定がある。 …羨ましい。 しかも渋谷慣れしているのも羨ましい。 高校に入ったばかりのころは、毎週のように行ってたなー。 でも今は遊びに行くといえば、船橋とか津田沼がいいところ。 渋谷に行きたきゃ行けばいいけど、用事がない。 用事がなくっても行けばいいんだけど、 やっぱり『ららぽ』か『パルコ』になってしまう。 ああ、そうそう。 そういえば先月、イトコと表参道に行ったわ。 散々遊んで大はしゃぎした後、 「あーあ…ららぽ行くべ?」 と言ってしまった。 当然イトコからは、 「なんで…!?」 とにかく『ららぽ』が落ち着く。 「高校生のくせに、落ち着いていいのか!?」 と言われても、 落ち着くものは、落ち着く。 ノンは、誰とでも仲良くなれる。 読者モデルをやってて、雑誌にもよく載る。 最近までモデルの彼氏がいたけど、家が遠いから別れた。 その人とも雑誌の撮影で知り合ったらしい。 今月はその雑誌に、歌手のKU-ONが載っている。 シンプルなショートボブ。 ハーフらしい鼻筋。 大きな瞳。 グループの中の一人、ミミが堪えかねたように言う。 「ああ、いいよねぇ。カッコいいよね~」 色白でふっくら体系のミミは、カレシの影響でKU-ONファンになった。 私も頷いておく。 そんなに好きってわけではない。 だけどキライでもないので頷いておく。 「でもKU-ONてさぁ、下手したらオバサンくさくない?」 と、ヨッシー。 大柄な体と巨乳を机から斜めにはみ出させている。 「シックっていうんだよぉ!」 ミミが訂正する。 「ミミは、○○とか△△とかが似合うよ」 ヨッシーは、アパレルブランドや音楽に関して異常にくわしい。 出会い系サイトでサクラのバイトをして、 給料を洋服と好きなバンドにつぎ込んでいる。 くわし過ぎるよな。 しかもブランド名を略されちゃうと、 わっけわかんない。 でもみんなフツーに、その話題を続けてる。 私が遅れているだけ…ですか。 「私には、なにが似合う?」 試しに聞いてみた。 「茜は、やっぱフラエじゃない?」 …聞いたことあるような、ないような。 ない。 「それ、どこに入ってる?」 「渋谷に路面店あるよ」 「そっかぁ。次のお小遣いで、買っちゃおうかな」
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