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ああ、疲れた…
ようやく終わった…
今月、居残り何回目?
もう7時なんですけど…
教室には誰もいない。
椅子にだらしなく座って、
散らかった机を眺めた。
「ウサギのペンケース」
→ミミがくれた誕生日プレゼント。
「デジタルの腕時計」
→ノンが元彼から貰ったやつのお下がり。
「シャープペンと定規」
→ヨッシーと、フラエで買った。
…あんな下着みたいな服、着れないって!
でも渋谷まで付き合わせて悪いかな?
と思って、せめて買ってみた。
私のものは、どこだ?
みんな借り物。
みんな貰い物。
私はどこにいるんだ?
つくづく嫌になる…。
やることは遅いし、勉強も運動も苦手、
読書は眠くなる、
ゲームは飽きちゃう、
ローズヒップももう飲んでいない。
私って、個性がないよなぁ。
これは嫌とか、これは好きとかないんだ。
みんな良く見えるし、
みんなどうでも良く見えるんだ。
教室に、誰か入ってきた。
振り返って、びっくりした。
2学期の始業式以外は、
姿を見たことがなかったクラスメート。
野崎優斗だ。
茶髪の天然パーマが、まぶしく感じた。
「久しぶりだね」
声をかけたら、向こうも嬉しそうに、
「おう」
と返事をした。
優斗は、私と同じ居残り組だった。
私よりもバカで、ものを知らない。
「植物が育つには、水、光、もう一つ何が必要か?」
という理科の問題に、
「おもいやり」
と書いたり、
「ブラジルが、どこにあるか分かってる?」
と翔くんに聞かれて、
「南海・・・?」
と答えたりする、ザンネンな子だ。
その優斗が、ニコニコしながら手に雑誌を握って近づいてきた。
「どうしたの?こんな時間に、学校に来て」
「俺、今日で学校辞めんの」
ええっ!?
なんで、そんなノンキに笑ってられるの!?
久しぶりに見たけど、体つきがもう大人。
「老けたね」
そんなセリフを気にする様子もなく、
優斗は手にした雑誌を私に見せてきた。
「なにこれ」
「これ、俺」
「え?うそ」
それは、小さな記事だった。
10センチ四方くらいの大きさだったかな。
波をスライディングしているかのような写真と、
野崎優斗という文字が躍っていた。
<野崎優斗·今期最も波に愛された男>
NASジュニア選手権優勝を飾り、着実に進化を遂げつつある野崎。
本格的なプロ契約も決まり来期は目が離せない。
ダイナミックでありながら、基本に忠実。
後に続く、高原徹·早稲海大らの成長を促す存在となるだろう。
「すごいじゃん!!」
私は素直に感動した。
「うん」
優斗も素直に喜んでいた。
さっき老けたと言ったけど、
そういうところはまだ子供みたい。
「すごいねぇ」
「うん」
「プロサーファーになるんだね」
「もう、なった」
「そっかあ」
あの優斗が、こんなに頑張っていたとは。
それが、人に認められたとは。
いやぁ嬉しい!
あのバカがこんなに立派になって…!
改めて、声に出してその記事を読んだ。
丁寧に、
ゆっくりと、
賞状を読むみたいに。
静かな教室に、
優斗の存在が示されて、
声は消えてゆくのに、
その存在は張り付いたように消えなかった。
「もう一回読んで」
優斗は、ねだった。
もう一回読んであげた。
読み終わると、優斗はため息をついた。
「お前、凄いね。一つも間違えないで、つっかえないで読めんだね」
本気で感心してる。
「ゆっくり読むからだよ」
「すげーよ。俺、その最後の方が読めなかった」
「最後の方?」
「うながすって読むんだ?」
「『促す』ね」
「うながすって、なんだろ」
「あんたが頑張ると、みんなも自然に頑張れるって意味だよ」
優斗の顔が、ほころんだ。
まったく、子供みたいな顔してる。
「もう一回読んで」
「いいよ」
優斗は、一心に聞き入っている。
波に乗るときにもこんな様子かもしれない。
この小さな写真では、よく見えないけれど。
読み終わった。
優斗が真剣に聞いているので、あと何回でも読んであげたい気持ちになる。
「俺、今マジ嬉しいわ。プロになれたのと同じくらい嬉しい」
「そう」
「俺、お前に超うながされた!」
意味不明。
でも優斗らしくって、かなり笑えた。
「大会、見に来い!絶対に来い!」
と言って優斗は帰って行った。
渋谷だってメンドーなのに、九十九里まで行けるかなぁ?
あの雑誌、私も買おうかな。
日に焼けるだろうから、
ローズヒップをまた飲み始めよう。
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