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ナタリーは、ホームに停車する汽車に乗り込み、チケット通りのコンパートメントに入ると、荷物置き用の棚に置き忘れているかのように置かれてある、鞄を取った。この中に、今回の仕事の詳細資料が、用意されてある。
だが、鞄には、新聞が一紙入っているだけだった。
一面に、カルスティーナ公国皇太子ご成婚、そして、新婚旅行には、皇太子自らの運転で、最新の自動車を使って、諸外国を、お忍びで巡ると、まあ、ゴシップ記事的な事が、書かれている。
そもそも、このお忍びって、なんなんだ?
ここまで、公開されていては、既に公務だろうと、ナタリーは、思う。
さて、記事には、皇太子夫婦の、公式肖像画が乗せられており、写真でないところは、所詮、名も知らぬ小国と、知らしめているように思えた。
が、おかげで、皇太子妃の姿は、はっきりしない。ナタリーが、妃であると言えば、即、納得してもらえる状態といえるだろう。
相手の皇太子は、黒髪。髭は無しの中肉中背。これといって、目に留まる外見的特徴も無し。要は、凡庸──。
まっ、その方が、扱いやすい。が、自動車は、運転できるようだ。意外と、新し物好き、つまり、好奇心旺盛。退屈させない、話術が必要になるかもしれない。
ナタリーは、煮詰まった感を覚えつつ、とりあえずは、妃の身代わりを勤めるだけで、今のところ、どうこうしろとは、言われていない事に気が付いた。
「そうそう、隣で笑って手を降っていれば良いのよ」
ナタリーは、自分に言い聞かせる。それだけでも、相手方にとっては、助かる話だろうと。
これだけ、大々的に、発表されているのに、妃は失踪中。完全に、こちらが優位、人助けレベルではないかと思った所で、汽車が動き始めた。
──目的の、名も知らぬ駅に降り立つナタリーは、例の新聞を手に持っている。汽車の中で、仕事用、とも言える、黒のドレスと、顔を被うヴェール、喪服姿に着替え、迎えを待っていた。
一見、目立つ姿だが、迎え、という点からすれば、実に、目印になる格好で、ここ、の、様に余所者が降りれば目立つ場所であっても、皆、勝手に葬儀の参列に訪れたのだろうと、解釈してくれる。
少しばかり、記憶に残りやすいという、危険と隣り合わせではあるが、案外、使い勝手の良い衣装なのだ。
そして、マダム、と、御者に声をかけられる。
「ホテルには、夕刊も置いてありますよ」
と、御者は、ナタリーの持つ新聞に目をやった。
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