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明らかに、この国の正宮ではない、こじんまりとした、それでいて、威厳のある風格を醸し出す、宮──、離宮へ、ナタリーを乗せた馬車は吸い込まれるように入っていく。入り口の門には、ここカルスティーナ公国の紋章が優美に飾られていた。
執事の案内で、通された部屋で、ナタリーは、勧められたソファーに座り、一人待つ。きっと、覗き穴から、皇太子が、こちらの様子を伺っている最中なのだろう。
と、重圧なドアが開き、新聞で見た男──皇太子が、入って来た。
立ち上がろうとする、ナタリーを皇太子は、制した。
「どうぞ、お楽に。この度は、かなりの無理をお願いしているのですから」
凡庸──。と、思っていた男は、それなりに、女の扱いを知っていた。
「では、時間がない。早速、仕事を始めて欲しいのですが」
皇太子──、ルドルフが言うには、式後の、披露の舞踏会の途中で、妃は、逃げ出したらしく、その場は、初夜の儀式にとりかかると称して、皇太子も、宴を中座した。
そして、闇に紛れて腹心達と、ここへ、移り、今後の手はずを考えた、という事らしい。
「それは、大変でしたこと。いささか、同情いたしますわ」
「ああ、妃が、あなたのように、分別があったなら」
ナタリーの前に座る、ルドルフは、大仰に肩をすくめた。
なるほど。妃が逃げ出したのも、わからなくはない。案外、初な娘は、この手の、キザな輩が苦手だったりするものだ。そして、好きな男がいるのなら、尚更だろう。
「では、えっと……」
ルドルフが口ごもる。
「ああ、私の事は、妃様の名前で、お呼びください。今より、代行、させて頂きます」
「ははは、いや、これは失礼。代行なんて、モノがあるとは、思ってもみなかったものでね」
言って、ルドルフは、ウィンクした。
……この馬鹿者が。
呆れつつも、ナタリーは、相手は皇太子と、割りきり、微笑み返した。
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