カイゼル髭の男

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そして、その夜。 与えられた部屋で、与えられた寝間着(ネグリジェ)(まと)い、ナタリーは、テラスから、湖を臨んでいた。 「湖があるとは、思っていなかったでしょ?」 背後から、聞こえる男の声に、ナタリーは、別段驚くこともなく、テラスから部屋の中へ戻ると、男──、皇太子ルドルフに、向き合った。 「それで?」 「ああ、この宮の正面からは、湖は、見えないのです。つまり、宮が、せっかくの眺望を邪魔してしまっている、と、言うことで」 「皇太子殿下も、その絶景をご覧に来られた、と、言うわけかしら?」 「まっ、そんなところでしょうか?」 言って、ルドルフは、ナタリーを引き寄せる。 「あれ?抵抗されないのですか?」 ふん、と、ナタリーは、鼻で笑うと、生娘じゃあ、あるまいしと、ルドルフを見た。 二人の視線の先には、天蓋付きの、ロマンチックな、ベッドがあった。 「私は、妃、ですから」 「ああ、話が早い」 と、ルドルフは言うが早いか、ナタリーを抱き上げ、ベッドへ運んだ。 何もかも、手慣れている男に、ナタリーは、半ば呆れつつ、そのまま組み敷かれる。 カイゼル髭の指示には、まだ、これ、は、含まれていないが、相手がその気ならば、これ、は、いずれ使えるものになるだろう。 傾国のナタリーの本領を発揮する時の足掛かりになりえる。 ナタリーが、ルドルフの体の下で、自分に与えられた役目を考えていると、つと、こめかみに、冷ややかな物が当てられた。 ナタリーが枕の下に忍びせていた、護身用の小銃(ピストル)が、ルドルフの手に渡っていた。 そして、ナタリーの小銃を構えるルドルフの顔つきは、皇太子のそれではなかった。 「どこの手の者だ?」 一瞬の隙をついた、男の見事な動きに、ナタリーは、答えなければならないのだと、悟った。
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