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カイゼル髭の男
旅支度をするナタリーの脇で、お針子のロザリーは、いつも通り、おろおろしていた。
「マダム!マダムが、いらっしゃらない間、私は、どうすれば良いのですか?」
「あー、店を開けて、洋服の仕立てを希望するお客様の相手をする。そして、依頼された、服を作る。それだけのことじゃない。ロザリー、あなたの腕前なら、どんなご婦人でも、仕上がりに納得するわ。実際、そうでしょ?」
ですがですが、と、ロザリーは、一人で店を切り盛りする事に不安を抱いている。
でも、いい加減、慣れてもらわないと──。
ナタリーは、やや、溜め息混じりで、更に、続けた。
「超お金持ちの、新興貴族からの、依頼なのよ。初めての仕事だから、私が行かなきゃ。クレイド卿夫人のご紹介じゃ、断れないでしょ?」
「でも、でも、なんです?カルスティーナ公国なんて、聞いたことありませんよ!一体、どこにあるんですか?そんな国」
「多分、イタリア半島辺りの、あのごちゃごちゃとした国の集まり、か、フランスの国境周辺に散らばっている、小国の一つじゃないかしら?」
えー、そんな、大雑把な。と、ロザリーは、呆れている。
けれど、そう言うしかナタリーには、出来なかった。
これは、高級婦人服の仕立て屋のマダム、ではない、裏の仕事なのだから──。
何時ものように、突然、依頼は、舞い込んで来た。
先をピンと上にはねあげた、口髭──、カイゼル髭の男、が、カフェのカウンターで、カプチーノを嗜んでいる、ナタリーに声をかけて来る。
「マダム、お一人で?」
それが、ナタリーへ、仕事を依頼する合図なのだ。
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