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ヒナタ 「ねえ、アタル。本当にこっちなの? 桜なんて全然見えないけど……」
アタル 「間違いねえって。目印も合ってるし。咲いてるところを見たって、兄ちゃんたちが話してるの聞いたんだから」
ヒナタ 「でも、こんな森の中……怖いし、もう日も暮れちゃうよ……」
アタル 「なんだよ。ヒナタだって見たいって言ったじゃん」
ヒナタ 「そうだけど……あっ……わあああああ……!」
アタル 「ヒナタっ……う、うわあああ……」
間
ヒナタ 「いたた……」
アタル 「いってえ……ヒナタお前なあ……ちゃんと足元見ろよ」
ヒナタ 「そんなこと言ったって。アタルだって一緒に落ちて来てるのに……」
アタル 「俺はお前が……って、あった、あれだ!」
ヒナタ 「え? わあ……本当だ!」
アタル 「すっげえ! 本当に一本だけ咲いてるよ、桜!」
ヒナタ 「凄いねえ。綺麗だねえ……」
姫 「ねえ、あんたたち!」
アタル 「うわあ! びっくりした……なんだ、お前ら?」
姫 「なんだとは失礼ね。あたしはこれでも……」
アサマ 「姫様、いけません。人間に軽々しく素性を明かしては」
姫 「わ、分かってるわよ。でも、ちょうどいいじゃない。人手がいるでしょう?」
アサマ 「それは……確かにそうですが」
アタル 「(ひそひそと)なあ、こんな森の中で着物着てるって、この人たちなんかヤバくねえか?」
ヒナタ 「(ひそひそと)う、うん。ちょっと変かも……」
姫 「よし、あんたたち。ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど」
アタル 「あ、いやあ。俺達これから帰るところだし……」
ヒナタ 「そ、そうだね。もう暗くなるし……」
姫 「お願い。大切なものを無くして困っているの。あれがないと帰れないのよ」
アサマ 「わたくしからもお願いいたします。この薄闇の中では、わたくしたち二人だけでとても見つけられません」
ヒナタ 「……うーん。どうする? アタル」
アタル 「まあ……困ってるなら……助けてやってもいいけど……」
ヒナタ 「そうだね。困ってる人は助けなくちゃね」
姫 「本当!? ありがとう!」
アタル 「や、まあ、別に? そんな恰好じゃ動きにくいだろうし!」
ヒナタ 「アタル……顔赤いよ?」
アタル 「う、うるせえよ!」
アサマ 「ふふっ」
姫 「それでね、探してほしいのは巾着なの」
アタル 「きんちゃく?」
姫 「そう。中に種が入っていて、すっっっっごく大切なものなの」
アサマ 「あなた方の手に収まるくらいの大きさです。どこかに落としてしまったようで」
ヒナタ 「そうなんだ。落としたのはこの辺りなの?」
姫 「うん。私はこの桜の木から動いてないから」
ヒナタ 「そっか。じゃあ、僕あっち側を見てくるね」
アタル 「おう。じゃあ俺はこの辺を探すよ」
姫 「ええ、お願い」
間
姫 「どう? 見つかった?」
ヒナタ 「ううん。あっちの方にはないみたい」
アタル 「俺の方も見つからないぜ。暗くてよく見えないし」
ヒナタ 「そうだ。僕、良い物持ってるよ」
姫 「わっ、眩しい……」
アタル 「携帯のライトか。気が利くじゃん」
ヒナタ 「えへへ」
アサマ 「おや? 今何か……」
姫 「何?」
アサマ 「いえ、木の上の方で何か光ったような……」
アタル 「上? ……あ! あそこに何か引っかかってる!」
ヒナタ 「どこ?」
アタル 「あれだよ、ほら。花と同じ色してるから見えにくいんだ。俺取ってくるから、ヒナタはそのままライト上に向けてて」
姫 「取って来るって……まさかこの木に登るつもり?」
アタル 「そうだよ。それしかないじゃん」
アサマ 「まあ……」
ヒナタ 「大丈夫だよ。アタルは木登り得意だから」
姫 「本当に大丈夫なの……?」
ヒナタ 「うん。ほら、もうあんなところまで行ったよ」
アサマ 「無理をしてはいけませんよ! 落ちたりでもしたら……」
アタル 「大丈夫だって! (手を伸ばして)もうちょっと……」
ヒナタ 「頑張れ、アタル!」
アタル 「……っ! よし、取れた! あ、うわあああ……!」
ヒナタ 「アタル!!」
姫 「危ないっ!」
間
アタル 「……あれ? 痛くない」
ヒナタ 「大丈夫、アタル?」
アタル 「何か……ふわって浮いたみたいになったけど……」
ヒナタ 「うん。僕にもそう見えた……」
アサマ 「姫様……!」
姫 「はあ……間に合った……」
アサマ 「姫様、なんということを……! 人間の前でその様な……」
姫 「だって仕方ないじゃない。あのままだったらこの子怪我してたでしょう?」
アサマ 「それはそうですが……」
アタル 「え? 今のってまさか……」
姫 「……そうよ。私たちは人間じゃない」
ヒナタ 「ええ!? もしかして、幽霊……とか?」
アサマ 「その様なものと一緒にはしないでください。我々は神聖な存在です」
アタル 「じゃあ、なに?」
姫 「……さくらって、どういう意味の言葉か知ってる?」
ヒナタ 「花の名前、でしょう?」
姫 「『さ』という名前の稲の神様が乗る、『くら』という乗り物。それが桜」
アサマ 「かつて人々は、桜の花が満開になると今年は豊作だと喜び、宴をしたのです。今は想いこそ変わりましたが、願いの宿った種が神に届けられ、それが叶えられる。我々は、その役目の最中でした」
アタル 「え? ……つまり、どういうこと?」
姫 「だから、私がその稲の神様だって言ってんの!」
ヒナタ 「……」
アタル 「……」
姫 「何、その目! 信じてない訳!?」
アタル 「いや、まあ。別に信じてないってことじゃないけど」
ヒナタ 「なんか……ねえ」
姫 「もう! せっかく教えてあげたのに!」
アサマ 「姫様……」
姫 「とにかく、それ取ってくれてありがとう!」
アタル 「ああ、うん」
姫 「よかった、見つかって。そうだ、お礼に何か願い事を聞くわ。何でも言って」
アタル 「お前みたいな神様に願い事って言われてもなあ」
ヒナタ 「無くしちゃわないか心配だよ」
姫 「もう! 次は無くさないわよ!」
アタル 「あ、そうだ! じゃあさ、願い事じゃなくて約束しようぜ」
姫 「約束?」
アタル 「ああ。来年、ここで四人で花見しよう。綺麗に咲かせてくれるんだろ?」
姫 「あんた……」
ヒナタ 「いいね、それ。僕もしたい!」
アサマ 「おふたりとも……」
アタル 「な、約束」
姫 「……いいわよ。どこの木にも負けないくらい一番綺麗に咲かせてあげるわ」
アタル 「あはは、楽しみだ」
間
ヒナタ 「(目覚めて)……うーん……」
アタル 「(目覚めて)……あれ? 何で俺達、こんなところで寝てるんだ?」
ヒナタ 「えっと……そうだ、桜を見に来たんだよ、この……あれ?」
アタル 「花、もう咲いてない……?」
ヒナタ 「葉桜、だね」
アタル 「ああ、そうか。結局、花は咲いてなかったんだった。仕方ない、もう帰ろうぜ」
ヒナタ 「うん、そうだね。……あれ? ねえ、アタル。髪に何かついてるよ」
アタル 「なんだ? これ……桜の花びら……」
ヒナタ 「……満開のところ、見たかったなあ」
アタル 「じゃあ、来年だな。またここに見に来よう」
ヒナタ 「うん!」
終
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