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「なぁ、もし2億円入ったら何に使う?」
「まだ隠居を考えるに早いですよ。後50年は働いてもらわなくては」
「お前俺を殺す気か?」
「それがなにか?」
「ひどいやつだ。見ろ、最近じゃあ手の震えが止まらんくてまともにおちょこももてない」
「ジョッキで飲めば大丈夫ですよ」
「ははっ、違いない」
河西さんは私より年上で50代後半だ。顔にはシワがなく、見た目詐欺。元上司だが、今は部下。私が河西さんの後任になり、なんともやり辛い状態になった。
「そうですね、……美味しい物食べたいですね」
「おいおいおい、2億もあってそれかよ。その辺の若いもんみたいな思考はないのかお前は」
「例えば何ですか?」
「ホストで豪遊とか、海外旅行とか、高級車乗り回したりとか」
「そんな感じじゃないの、河西さんが一番知ってるじゃないですか」
勤務時間中だというのに私の隣でコーヒーを優雅にすすっている。この人は昔からそうだっま。とはいいながらも私も大した差ではなかった。デスクの後ろにある水槽に日課である釜揚げ桜えびをちらしながら雑談に興じていた。
「それに河西さんのいう若いもんみたいな思考を言ってもしょうがないでしょ」
「おじさんだっていいたいのか? あ?」
「年齢だけの話でいえば」
かわいくねぇガキだ、と吐き捨てられる。かわいくないように育てたのは河西さんでしょう、とは言わない。そこまで恩知らずではない。
「要は、だ。あんまり仕事ばかりしてないで趣味の一つや二つ、男の一人や二人を作っておけばよかったなという、先輩からのありがたいアドバイスだ」
「河西さんがいうと説得力ありますね」
「そうだろ? お前もそんな食いもしない魚にかまってな――」
「ちょっと! またブクちゃんの悪口ですか?」
かばうように水槽を背にしながら河西さんを睨んだ。「おぉ怖い」と大して思ってもいないことを口にし、肩をすくめていた。
「そのブクって名前が頭の悪そうなんでつい、な」
「つい、じゃないですよまったく」
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