誕生

1/1
7人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ

誕生

「おめでとう! 逆木亜子(さかきあこ)は今日から英雄の1人です!」  一瞬の間を置いて、わっと沸いた。声を張り上げて称える者もいれば、駆け足で寄り添う者など皆まるで自分事のように歓喜していた。 「ほらっ! 逆木さん、喜びの声を皆さん待っていますよ?」  私が床に転がっている亜子の肩を叩き促す。しかし、感極まっているのか何も声を発しなかった。そのころにはもう手を付けられないほど周囲は喜び狂っていた。 「さぁ、英雄のご帰宅です! 皆さん、いつものあれをお願いします!」  2人ずつが向かい合って両手でアーチを作る。社員総勢50人のアーチは高低バラバラでいびつながらも、笑顔が添えられていた。最後は大きな拍手で送りだされ、私と2人肩を組み合ってエレベーターに乗り込んだ。  1階のボタンを押し、ドアが閉まる。終始無言の亜子に「本当に、よく頑張った」と伝える。うんともすんともいわない亜子だったが、私は気にしなかった。  エレベーターを降りた時だった。亜子は2回鼻を鳴らすと、途端にうっと涙を流し始めた。そのまま呼んだタクシーの前で亜子の肩をぽんと叩く。あぁそうそうと亜子に大事なことを伝えた。 「この後病院でもらったら診断書は必ず提出してね……じゃあ、気を付けて」  ばたん、とタクシーのドアが締まる。 「本当に長い間ありがとう、亜子」  ゆっくりと走り出すタクシーの窓際で、もたれかかっていた亜子と一瞬目が合ったような気がした。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!