ノート

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  そうこうしているうちに、紅茶とクロワッサンがテーブルの上に置かれた。紅茶を飲み、少し乾いた口を潤す。      そして、アリスはカバンの中から箱を取り出した。開けると、そこには二冊のノートが入っていた。アリスは、白い手袋をはめてゆっくり開き見せてくれた。小さな声でゆっくりと話し始めた。 「実は、これはダーウィンのノートなのです。」 「え?」 「信じられないかもしれませんが、取材の、都合上お借りしていまして…」   アリスの言っていることは本当の事なのか、嘘なのかは少しわからなかった。ただ、出版社の2人の男たちは、確かに「なくなった」と言っていた話を思い出す。そして、かなりの価値があると話していた。お金にはあまり困ってはいないが、ここで問いただしたところでこの先の話を聞くことはできないだろう。とりあえず、全ての話を聞いてみて判断してもバチはあたらないだろう。     アリスは、私の驚いた表情をじっと見て続きを話し始めた。 「私、大学の頃に歴史を研究していたんです。とくに暗号史について。そこで、取材のためにお借りしたノートを、読んでいくうちに少し違和感を覚える部分が出てきたんです。」 「違和感…ですか?」 「そうなんです。ダーウィンが書いたノートなので、確かに殴り書きであったり、メモであったり、そう言ったことを、加味すれば大したことではないのかもしれませんが、それでも変に感じてしまうんです」 「なるほど、それで何かヒントがないかとウエストミンスター寺院に?」 「ええ、そうなんです」   冷静に相槌を打っているが、これはとても面白い話になった。人間は正しさと好奇心を天秤にかけることがよくある。その度に思うが、やはり好奇心が勝るものなのだ。まさに、そう言った考えが人類を進歩、進化させるのだ。なんとも無理矢理、自分の考えを肯定しながら、問いただすことを辞めることにした。 「なるほど、ところでなぜそんな話を私にしたんですか?」 「あなたの小説を、読んだことがあったから…ですかね…?」 アリスが微笑んだ表情は今まで私のことを怪しい人だという誤解が少し解けたような気がした。 「そうですか…」 小説書いててよかった。小説家らしからぬ、ありきたりな感想に私も思わず、口角が上がったのを感じる。    外は寒さとは裏腹に青々とした空でだった。2月にしては珍しい天気だ。道を傘を刺さずに人が歩いている。 「失礼しました。続きの話を伺っても?」 私は自分の質問で話の腰を折ったにもかかわらず、続きを催促した。 「ええ、そこで寺院に寄ったのですが、やはり最後の方にあるこのページ…そして、これが墓石に掘られた文字を照らし合わせたんです」 「確かに、このノートのページにやたらと1.9.8.2の数字と、スペルミスなのかa.iなどの文字が多いな」 「そうなんです。そこで、彼の亡くなった日が確かこの日付だったと思って確認しにいったんです」 彼女が取り出したメモ用紙には died 19 april 1882 と書かれていた。確かにここならメモしてある文字が、ダーウィンのノートに無駄に書かれているように感じられる。残った文字を見てみると、思わずアリスの顔を見てしまった。アリスは、自分の考えが確信になったことを心の中で感じていたのだろう。目は真っ直ぐこちらを見ていた。 「そうです。残った文字を繋ぐとケンブリッジ大学になるんです」  ケンブリッジ大学は、世界のトップ5と称される総合大学だ。ロンドンからは66マイル(約106キロメートル)北に位置する。  この大学に約200年前ダーウィンは、ケンブリッジ大学へ行き、博物学を学んだ経緯がある。 「これだと、このノートに何か隠されていると疑わざる得ないな…」 40にもなってここまで胸高鳴ることはなかなかない。少年に戻ったかのような驚きと興奮が心を満たしていった。 「さっそくいってみましょうか?」 「そうですね!」  アリスの一言を、合図に感じた。私は紅茶を飲み干し、食べかけのクロワッサンをあわてて頬張り、アリスとともにお店を後にした。  遠く北側の空が薄い雲がかかっていた。一雨降りそうな雰囲気もあまり気にかけることはしなかった。    
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