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(手を離してください。引き留められるなんて予想外です!)
「いや、犬に噛まれたら忘れられないでしょう。狂犬病防止のために、注射も打たないといけないし。ねえ葵さん、告白しておいて、どうして返事も聞かずに出て行こうとしているんですか」
「だって、気持ち悪いでしょう? 美容師さんとか、お客さんに言い寄られて困るってよくテレビで聞きますし。まさか自分が同じことをするなんて。本当にごめんなさい」
「でも、その気持ちを伝えに来てくれたんですね」
嬉しいという言葉とともに、葵の唇に何か柔らかいものが触れた。思った以上に近くにある要の顔を見て、それが相手の唇だったことに思いあたる。
「か、か、要さん?」
「ふふ、真っ赤になって可愛いですね。初めて出会った日、どうしてあなたが落ち込んでいるのがわかったと思います?」
「暗い顔をしていたから?」
「いいえ、真っ赤になった目をうるうるさせながら、寂しそうに店の中を覗いていたからです」
(お店の中から、丸見えだったんだ。もう恥ずかしい)
「そうだったんですね」
「まずどうして泣いていたのか気になりました。それから慰めてあげたいと。泣くならいっそ僕の腕の中でとか、涙をなめてみたら甘いだろうとか、うさぎみたいにぷるぷる震えて可愛いとか、組敷いたらきっと可愛い啼き声をあげるんだろうとか」
「待ってください。要さん、なんか後半、おかしくなかったですか!」
「そうですか? 実際に話してみたら、我慢強くて頑張りやさんで、落ちるにきまっているでしょう。いつまでたっても、お客さんと店長の関係止まりで。どうやって意識してもらおうか悩んでいたくらいです」
「えーと、つまり?」
「告白は成功ですよ。だって好きになったのは、僕の方が先なんですから」
「待って、え、ちょっと待って」
「すみません、待てません。待ちません」
ぎゅうぎゅうに抱き締められた葵の指先で、カラフルな花々が、きらきらと輝いていた。
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