55人が本棚に入れています
本棚に追加
(7)
退社後、葵は要の店に向かっていた。
(大事なことは言わないと伝わらない。きっと今を逃したら、私はまた何も言えないままで終わってしまう)
この想いを伝えてしまえば、きっともう店には行けなくなるだろう。
(迷惑な客として嫌われたくはないもの。それなら言わなければいいのだろうけれど、自分の気持ちに嘘はつかないと約束したから)
それでも、何も始まらないまま終わってしまったいつかの恋よりもずっとずっと素敵だと思えた。秘されたまま消えるのではなく、好きという想いを一瞬でも咲かせることができるのならば。
私の恋を無駄死にさせない。それは私にしかできないこと。
店の扉を開けば、ゆっくりとドアベルが鳴った。初夏の風が店の中に入っていく。
「あ、葵さん。こんにちは。どうされましたか。ネイルは、先日付け替えたばかりですし……。まさか、ようやくフットネイルをやる気になってくれましたか。僕の前で足を出すのが恥ずかしいと赤面する葵さんも可愛いですけれど、その足を彩る醍醐味もまた」
にこにこと話しかけてくる要の言葉を、葵は初めて遮った。いつまでも聞いていたくなるような心地よい声だったけれど。
「要さん、あなたに伝えたいことがあって。私、あなたが好きです。それじゃあ、今までありがとうございました。さようなら!」
「え、ちょっと葵さん?」
「迷惑をかけてすみません。どうぞ犬に噛まれたと思って忘れてください!」
走り出そうとして、つんのめる。そこをさっと抱き抱えられて、葵はパニックになった。
最初のコメントを投稿しよう!