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初デートはせつなくほろ苦い
「…何だよその格好。」
「え?」
「遊園地行くのにいつもとそう変わらないじゃんか。」
いつものブルゾンにネルシャツ。背丈があって髪もマッシュヘアーだから男みたいだ。本当に…。
「スカートでも履いてくるかと思った。」
「急な呼び出しが来たらスカートで走れと?ねぇ?え?」
ヤバい、機嫌損ねた。
「だ、だよなー、そうだよなー!」
「自分だって人のこと言えないじゃない!あ、でもいつもよりも良いMA-1着てる!」
「は!?お前目が悪いの?靴だって新品だぞ!ほらっ!」
「え!本当だ!珍しーーー」
こんな下らない話で笑って過ごして。遊園地までの道のりすら楽しくて。いざ遊園地に入ると絶叫系からメルヘン物まで三十路過ぎた男女が馬鹿みたいにはしゃいでケラケラ笑ってた。
「あっと言う間だね。」
日没を景色のいい高台から見届けて、青と赤の混じったコントラストが真っ暗になりやがて星が光出した。
「この後どうするか?閉園まで居る?」
「ちょっと行きたいとこあるんだ♪」
町屋はそう言って俺の手を取って歩き出した。半ば引き摺られるような感じだったけど、俺は黙って成されるがままにした。戸惑ってたんだ。だって…今まで一度も手のひらを合わせて手を繋いだことなんてなかったのに…。本当、調子が狂う。手汗、大丈夫かな…。目の前の町屋は我関せずで真っ直ぐ目的地まで歩いていた。ただ一度も俺の方を振り返らずに。
お腹が減ったから腹ごしらえしようと連れて来られたのはホテルのディナーバイキングだった。
「おー」
「日頃大したもの食べてないからね!さっ、食べよう♪」
二人でこれでもかというくらいの量をお皿に盛り付け美味しい美味しいって食べて。頬を膨らませた町屋がリスみたいで可愛かった。
「いやー食べたなー」
「満足?」
「お前は違うの?」
「うん、満足…かな。」
ホテルを出て駅まで歩いていたのに、意味深なことを言うから思わず立ち止まった。
「どうした?まだ遊び足りないのか?この時間だとそうだな…ボーリングかカラオケか?それとも… 」
「キシロー」
さっきまで楽しそうにしていた町屋の顔が真面目な顔になった。
「ん?」
「私、異動になった。この一件が済んだら異動。」
町屋はエリートコースが似合うし、そうであって当たり前なのに、いざそうなると寂しさが込み上げてくる。ずっとバディーで居られる訳ないんだ。そんなのわかりきったことだった。それなのに、心の中がモヤモヤして息苦しくて…。
「そっか。…うん。元々お前は出世コースだもんな。」
「否定はしないよ。父ももうすぐ定年だから、これ以上はもう…。」
重苦しい空気が俺たちを包んだ。何て声をかけるべきかわからない。俺は…。
「…何で何も言わないの?」
「え、」
町屋は俺と二、三歩あった距離を縮めて俺に問いかけた。
「私が居なくても大丈夫なんだね。何も言わないんだから。」
「大丈夫も何も仕方ないだろ。」
「仕方ないけど!!」
町屋が声を荒げ俺のMA-1を掴んだ。
「キシロー!!」
怒ってるのに瞳が潤んでるのは何故だ。泣いてるのか?俺は町屋の手を掴んで洋服から剥がした。
「町屋、お前俺に何って言ってほしいわけ?行くなとでも言えばいいのか?そんな叶う筈もないこと口に出来るわけないだろ!?」
売られた喧嘩は買うしか出来ない。違うよ、本当はこんな痴話喧嘩したいんじゃない。折角出掛けて楽しかったのに、俺…
「キシロー…ごめん。」
離れようとする町屋を、俺は手にぐっと力を入れて離さなかった。
「キシロー?」
「お前どうしたい?」
「え…」
「男になりたいって言ってたけど。俺はずっとそういう風に付き合った方がいいと思って今までやってきた。でも…本当は違うんじゃないのか?」
「……。」
今日の町屋は同僚や友達という感覚だけではなかった。時々女の顔をしていたようにも思う。それは俺のこの気持ちのせいなのか、それとも…。
「町屋、決めよう。」
俺は町屋に選択を迫った。
「決めるって?」
「俺とお前、このままでいいなら今日はもうお開きだ。違うなら…」
俺は先程食事を済ませたレストランが入っているホテルを指差した。
「どうする?」
「……。」
決定権を与えても町屋は黙ったままだった。俺は町屋の手を引いてホテルへと歩き出した。
「キシロー!!」
「何も言わないんだから、俺の好きにするぞ。」
今度は俺が町屋の方を振り返らなかった。右手でスマホを使い、ホテルへ電話をかけて部屋を押さえた。
今時のホテルは簡単チェックインだ。適当にお願いした部屋が思ったより広い部屋でビビったけど。セミスイートってなんだよ…
「とりあえず中に入ろう。俺はお前に聞きたいことがある。」
「うん…。」
部屋のドアをカードキーで開けて、俺は町屋を中へとエスコートした。歩みを進めるとテーブルと椅子が窓際に設置されていて、俺は其処にボディーバッグを置いた。広々とした部屋にダブルサイズのベッドが2つ。とりあえずベッドの端に腰かけた。そして、いつまでも突っ立ってる町屋を手招きして俺の隣に座らせた。
「なぁ、何でさ、そんなに男に拘るの?」
どうしても気になっていた。男社会だから負けないようにしたい気持ちはわかる。その為に毎日努力してるのもよく知ってる。でもそこまで頑張る必要あるのか?俺と肩並べる為だけに?
「…私は、ただ、」
言いにくいことなのか、中々言葉にしてはくれない町屋に俺は溜め息をついた。
「言ってくれなきゃわからないだろ?」
「……今も戸惑ってる。」
「え?」
「私はただ、キシローの一番になりたかった。男と女になるより、男で親友になりたかった。そうすれば要らないこと考えずにキシローのバディーになれる。守ることも肩並べて張り合うことも出来たのに…。」
ただのライバル心だと思ってた。だから俺に突っかかってくるんだと最初は思ってた。でもいつしか隣に町屋が居るのが当たり前になっていて…。
「だから何で俺は守られる側なの?お前そうやって男心へし折って生きてきたのか?はぁー、告白してきた男共が可哀想だな。」
「そ、そんなヤツ居ないよ。」
町屋が恥ずかしそうに顔を赤らめて俯くから、わかってはいたけどこういう経験がないんだなって納得した。
「これからは俺が守るから。お前を。」
そう言って格好つけてみたけど、町屋は首を横に振った。
「そんなの今時流行らないよ…。私はキシローと同じ目線で同じ土俵で居たいの。」
何度も唇を噛んで涙を堪えているようにしか見えない町屋を、俺は肩を抱き寄せて優しく抱き締めた。
「俺たちそんな薄っぺらい関係なのか?男と女になったら忽ち駄目になるような…。俺はそうは思わないよ。どんな立場になろうと、隣にお前が居て俺が居る。俺が守るって言ってるんだからそれでいいんだよ!」
「キ、シロー…」
町屋の俺を呼ぶ声を最後まで聞き終わる前に、俺は町屋の唇を塞いだ。頬に触れた指先に町屋の目から溢れだした涙が落ちていった。柔らかい唇を何度も合わせてあってベッドに横たわった。そっと。町屋の形のいい丸い頭を撫でながら俺は問いかけた。
「お前名前呼ばれるの嫌いだったよな。女らしいからって…。呼んでもいい?」
「キシロー…キシロー…!」
ポロポロと泣き出してしまった町屋のおでこにそっとキスを落とした。
「梨佳……」
顔を覆ってしまった手を剥がしながら、俺は町屋に少し体重をかけた。
「…っ…」
「泣くなよ。なぁ…」
首筋に口付けを落として町屋の…梨佳の様子を伺った。耳元にか細い梨佳の声が聞こえた。
「紘…紘…」
込み上げる気持ちをどうにか抑えながらキスをして梨佳を抱き締めた。震える手を互いに握り締めて…。初めてかもしれないと思っていたけどやっぱりそうだった。恥ずかしかっただろう。きっと凄く勇気のいる行為だよな…。それでも梨佳は苦しそうに切なそうに俺を抱いた。身体を擦り合わせて、互いの肩に顔を埋めて精一杯、力一杯抱き合って…。涙なのか汗なのかわからない水滴が肩口を濡らした。
「明日からは今まで通りに戻るから…。ありがとう。私、忘れない。今夜のこと、一生忘れない…。」
隣でまた泣き出しそうにそう話す梨佳の指先にキスをして、次に唇にも端から涎が出てしまうような濃厚なものをした。これ以上何も言わせないように。
何も変わらない。変わらないさ。そう、自分にも言い聞かせた。
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