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カウントダウン
翌日、目が覚めた時には梨佳はもう居なかった。スマホには一通のメッセージが。ただ、ありがとうと一言だけ入っていた。
2日の休暇の後、追っていた事件に進展があったことがわかった。
「…おはよー」
「おはよ。」
何となくギクシャクしたままだったけど、仕事は待ってはくれないしお構い無し。お互い黙ったまま車に乗り込み、俺はそのまま目的地まで車を走らせた。車内は無線の音だけが響き、梨佳は窓の外を見たまま俺と目を合わせようとはしなかった。
目的は○○会系のトップが住む邸宅付近で張り込みだ。人の出入りチェックと被疑者が現れるか、それを一日かけて行う。車の中でただひたすら待機だ。
「なぁー、全然普通じゃないじゃないか!」
むず痒くて仕方がないこの状況を打破したくて出た言葉だった。
「はぁ?普通じゃないのはキシローの方でしょ!」
喧嘩を売ればそりゃお返しが返ってくるわけで。
「はぁ?俺?俺のせいかよ!…終始恥ずかしそうにしやがって…」
「し、し、してない!至って普通なのに変に意識してるのはそっちだよ!」
「……。」
「……。」
しばしの沈黙が流れ、俺は盛大に溜め息をついた。このまま言い合っても何も生まないしなぁ…。俺はハンドルに両腕を乗せて隣を見た。何だろうな、こんな痴話喧嘩しても可愛いと思ってしまう。…仕事中だってのに。
「仕事中だ。集中しろ。」
「わかってるってば!」
「はいはい。」
後は何かギャーギャー言ってたけどシカトした。これ以上は駄目だ。俺の方が意識してしまうから。
この日、これと言った収穫はなかった。進展があったはずなのに腑に落ちなかったけど、そんな日もあるさって言いながら署に戻った。帰り支度をして二人で駅まで歩いてる時だった。
「…やっぱりまたあのキャバクラに入るしかないかもね。」
「…!!」
あのキャバクラとは以前から調査していた店で、どうにもこうにも怪し過ぎるからと町屋が潜入したところ、密売人が出入りしていることが判明。この界隈では有名なトップクラスの店だった。しかしあちらもプロだ。町屋を暫く追っていた。そんな町屋が潜入したら今度こそ不味い。
「やめろ!そこまで危ない橋を渡る必要はない!お前忘れたのか?!」
「じゃどうするの?このままじゃ拉致が開かないよ!」
「だとしてもあの店は駄目だ!」
「キシロー!!」
俺は町屋の肩を掴んで向き合った。
「あの店に入ったら守れない。守れないから…何かあった後じゃ遅いんだ。俺が嫌なんだよ…。」
「キシロー…」
「わかってくれよ。」
「…うん。」
まだまだ寒い冬の夜、駅までの短い距離を手を繋いで歩いた。小さな不安はあったけど、それでも幸せだった。この時までは…。
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