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だんごが拾ってきてくれたマスカラやファンデーションは化粧品には思えないほど汚くなっていた。乾いた泥を手で払って落としてみた。ブランド名はしっかり浮かび上がったけれど、蓋をあけるともう煌びやかな色はどこにもなかった。あたしのせいでもう化粧品ではなくなっていた。来年の母の日、あたしは化粧品を買おう。
その夜、晩御飯の準備は楽ちんだった。だんごのお母さんが晩御飯を保冷バッグに入れてだんごに渡してくれていたのだ。
玄関扉が窮屈な音をあげた。力のないただいまという声が聞こえてリビングの扉が開いた。お父さんはついさっきまで疲れて垂れさげていたであろうはずの口角を無理にあげてあたしを見た。
「ただいま。知沙、体操服出してる? 父さん、洗うから」
お父さんはスーツを脱ぐや否や洗面所へ向かった。洗濯して干すのはお父さんだ。疲れているだろうに、お父さんは当たり前のように今日もいつもの動きをした。
お父さんに罪はない。なにも悪くない。だから今までなにも言えなかった。でも、あたしとお父さんが分からなかったお母さんの想いをだんごが教えてくれた。いままでそんな風に思えなかったけど、もしかしたらあたしやお父さんよりだんごのほうがお母さんに近いのだ。
和室は静かだった。今日はだんごがたくさん手伝ってくれたからお母さんは頑張って階段を三往復もした。いつもより太陽を浴びた。疲れたのだろう。ぐっすり眠っているようだった。
洗濯物を干し終えて大きな息を吐いたお父さんを見ると、口を開くのに勇気を使った。
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