1 竹内安吾

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 みんなが食べ終えると、ぼくは別のビニール袋に入れていた人参を取り出します。お腹いっぱいになって目を閉じているチョコの横をすり抜けて、すみっこのネムに人参を差し出します。  ネムはぼくを見たり下を見たり、震えたりします。何度もそれを繰り返してやっと人参をかじります。ネム用に小さく切ったものです。ネムは小さな人参を慎重にちょこちょことかじります。ネムのために小さく切った人参は七個あって、ネムが食べ終えるには時間がかかります。チョコやみんなが暴れ始めても、ネムはおびえるようにかじってやっと食べ終えるのです。  ネムがかたまっているすみっことは反対側に土が盛られています。小山のようになっていて、てっぺんにかまぼこの板があります。墓標というのだと先生が教えてくれました。  ぼくが二年生のころからかわいがっていたパンのお墓です。墓標には「パンのおはか」と油性マジックで書かれています。ぼくが書いたとても下手な文字です。油性マジックでもやっぱりだんだんと文字があせてきます。文字がぼんやりとしてきました。また書き直してあげようと思います。ぼんやりとなってはいけないと思うからです。  ぼくはパンのことを忘れないでしょう。ぼくにとっては文字なんてものがぼやけても関係ないのです。でも、書き直さねばなりません。ぼく以外のみんなが忘れてしまうことはあってはいけないのです。パンのことを忘れずに中学生になって、パンのことを忘れないまま高校生になって、パンのことを忘れたくても忘れられるわけがないよねっていう大人になってほしいのです。そうしてほしいです。
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