2 清水知沙

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 和室のすみっこに鏡台がある。埃とレシートなんかに埋もれた鏡台の引き出しをそっと開けた。引き出しを埋め尽くしていた化粧品はいつのまにか底が見えるまでに減っていた。額に汗がにじむのをごまかすようにランコムの口紅をポケットにねじりこませた。 「いってきます」  誰にも聞かれない挨拶を家の中へのこした。玄関扉を閉めるとお母さんのうめき声のようなものが聞こえた。いや、気がしただけかもしれない。どっちでもいい。  学校に着くとみんな晴れた顔をしていた。あたしはみんなと同じような顔をしていたい。ぎゅう、と顔を伸ばすようにして晴れた顔にした。  明日から夏休みだ。みんな家族で旅行に行ったりするのだろう。白い太陽を浴びながらプールの底へもぐったりするのだろう。それを思い浮かべるだけで、みんな快晴の顔をしている。ならば当日はどれほど楽しいことだろう。 「知沙、おはよー」 「おはよー」  安永ナナに抱きつかれた。ナナはお金持ちだから今年も長く旅行に行くのだろう。卑屈になったりはしない。羨ましいとは思うけれど、こうして学校で笑い合えるのは嬉しい。羨ましい感情を大きく上回る。ここはあたしの大事な居場所だ。 「やっと夏休みだねー」 「うんっ」
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