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文字の中のアリーチェ
『笠松さんに担当お願いしてる、MINAKOさんだけどね。ちょっと注意してみていてね。あの人、最近妙に誤字とかルール違反が多いから』
上司にそんな電話を貰ったのは、つい一週間ほど前のことである。そんなこと言われるまでもなく気づいてるってば、と私はパソコンの前でため息をついた。
某感染症の影響もあり、私の仕事の大半がテレワークになってから既に一年以上が経過している。ネット上の情報を集めたブログ記事。それを雇ったライターさんたちに書いてもらい、その内容を精査してサイトにアップするのが私の仕事だった。誤字脱字チェック、規定違反がないか、コピペチェックツールの一致率が高くないか、などなど。編集よりも、校閲に近い仕事ではなかろうか。
――まあ、毎日一時間かけて電車に乗って会社に行くより、家でやれる方がずっと気楽ではあるんだけどね。
人様の記事を毎日チェックしてチェックしてチェックして、その繰り返し。なかなか地道な作業である。長く続けていると眼も痛くなってくるので、休み休み作業しなければいけない。複数の作業を同時進行するよりは、コツコツしたチェック作業の方が得意という自覚があったのでさほど苦痛というわけでもなかったが。
四年前。三十八歳で転職して、以来続けているこの仕事。どういうライターさんが困りものなのかは、段々とわかってきたつもりである。
誤字脱字が異様に多い人とか。
ネットの記事をそのままコピペしてきてしまう人だとか。
あとは、根拠もない推論を大量に並べてしまう人だとか。
情報ブログであるはずなのに、殆ど自分の個人的な考えで内容を埋めてしまう人だとか、やけにネガティブなことばかり書いてしまう人だとか。
そんな人達もいる中、私が担当するライターの一人である“MINAKO”さんはまだ、そこまで面倒なタイプではないはずだった。なんせ、私がこの会社に入るよりも前から記事を書いている中堅ライターであるからである。
それが、ここのところ妙にミスが多くなっているのは気になっていた。誤字脱字がやたら増えた、とかいうわけではない。ライターとしての根本的なルール違反がやけに増えたのである。ずっと書き続けている人が、それを分かっていないはずもないというのに。
――なんか理由があるのかしらね。
今日も、メールでMINAKOさんの記事が送付されてきた。そのワードファイルを見て、私に芽生えたのはちょっとした遊び心のようなものである。
急にミスが増えた中堅ライター。そこには思いがけない理由があって、なんてなんだか面白そうではないか。よくある探偵ものというわけではないが、ちょっとしたミステリー気分である。その理由が、提出されたワードの文章から透けて見えたりしたら面白そうだ。
――あはは、まあ完全にわからなくても、ヒントくらいあるんじゃない?
最初は、そんな気まぐれのようなものだった。
どうせこのままミスを増やされては困るし、そろそろ注意を送るべきタイミングではある。原因を突きとめてやったら面白そう、なんて。そんなことをなんとなく思った、それだけのことだったのだった。
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