私のち私

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家から遠い旅路で、どこか淡い夢を見ていたような。それでいて、何故か悲しくなって泣いてしまうんだけど、この気持ちはなんだろう。この気持ちも、自分も。私って、誰だ。 無数の羊雲がゆっくりと流れる8月、私は私を探していた。 外はセミが煩くて、私もいっそ鳴いてしまおうか迷っている。しかし、私はこの暑さの中に巻き込まれて動けないから、当然鳴く力など残っていない。 せめて脚だけはなんとか前に進まねばいけないから、ジリジリとした空気に耐え、汗は沢山吹き出しながら歩く。 一歩一歩が本当に重くて、脚に鉛をつけてるみたいだ。 そんな私を見兼ねたのか、ひとりの男が声をかけてきた。 「大丈夫ですか?」 「はい、大丈夫です」 「辛そうなので、声をかけました」 「お気遣いありがとう、大丈夫です」 私がそう言うと、男は満足したような顔をして、どこかに行った。 私はまた歩きだした。 脚は鉛のように重いから、いっそこの脚なんか切ってしまえば、辛くなくて済むかもしれない。しかし、私はこの暑さの中に巻き込まれて怯えてるから、当然切る勇気など残っていない。 せめて身体だけは、なんとか前に進まねばいけない。沢山の汗は吹き出しながら、歩く。 一歩一歩に増す暑さで、身体がブルブル震えてきた。 そんな私を見兼ねたのか、ひとりの男が声をかけてきた。 「少し休んだらどうですか?」 「いいえ、大丈夫です」 「怯えていらっしゃったので、声をかけました」 「すみません、大丈夫です」 私がそう言うと、男は涙を流しながらどこかに行った。 私はまた歩き出した。 私はずっと歩いた。 セミがひたすらに煩かった。 そうやって、幾分経ったのか、暑さに痙攣した身体は左右に揺れ出し、息が上がって目が霞んできた。 視界が歪み、意識が遠のく。 あぁ、ここまでか。 遠目で最後、一番奥に何かがあるのがわかった。 水が見えた。 そして、その前で、一人の少女がこちらに向かって手を振っている。 少女は笑いながら泣いて、私を呼んでいる。 私はもう、あそこに行く力が残っていない。 少女が何か言っている。なんだろう。 あ、り、が、と、う。ありがとうと言っている。 遠のく意識の中、少女がまた私を呼ぶ声だけが、頭の中で反芻する。 あぁ、やっとわかった。 私の中で、新たな私が死に、少女の中で、新たな少女が芽生えたんだ。 見つけた、私。
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