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カサイ? 何の言葉か
直ぐにはわからなかった。
一拍置くと、文脈的に、家宰か、となる。
『美咲ちゃんにお願いするしかないかと
ずっと、考えていたことがあるんだ』
デミタスカップを手にしながら
飲む素振りなど、微塵も見せずに
伯父はしっかりと目線を合わせてくる。
先ほどは、あえて視界から外して、
こちらの出方を探るようだったが
勝敗を喫するようなタイミングでは
眼力で相手を捉えるのが
心理的に有利なのだろう。
幣原グループの三代目として、
経営者としての、伯父の百戦錬磨の
数十年の時間。その時間が、今、
自分に、集中して対峙している。
『手短に言う。見合いをしてほしい。
できれば、そのまま結婚も。
奏佑には、音楽に専念させてやりたい』
『……… 』
『自分の子供には夢を叶えろ、と
言いながら、美咲ちゃんからは
人生を奪うような話だ。酷いのは
わかってる。時代錯誤だとも思う』
こちらが考えていたことを
予め挙げていって、
こちらの逃げ道を塞いでくる。
『お母さんは、お母さんはどう思うの?
自分の娘に、好きな人と結婚して
ほしいとは……思わない?』
マレーラの桔梗色の
ワンピースを着た母は、
いつまでも変わらず、美しい。
ラファエロの
《小椅子の聖母》のように、
小さな頭を傾げて、言う。
『美咲にはいつも幸せでいてほしい』
それから刹那、伯父の顔に
視線を走らせ、母は言葉を重ねる。
『私は、貴女のお父さんのことを
すぐに、好きになったから
……幸せな結婚生活だったわ』
クリストフルのシルバートレイは、
理恵さんが、こまめに
手入れしている筈なのに、
何故だか少しずつ
黒ずんできているような気がした。
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