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暖炉の薪を焚く伯父の背中を
美咲は見るともなく眺めていた。
三月も半ばだというのに
今夜も冷え込んでいる。
伯父の纏まった背中に
奏佑の背中が
不意に重なって見えて
座ってて、僕がやるから、
と言う奏佑の声が
聞こえてくるような気さえする。
火を起こすのは、伯父よりも
奏佑の方が巧みで、そのことを
家族の誰かが指摘するたびに
彼は嬉しそうに、
晴朗な笑みを浮かべるのだ。
繊細な顔つきの奏佑が
時おり見せる笑顔。
家族以外には
滅多に見せないその笑顔を
運良く目にした人が、
砂漠で泉を見つけたかのように
表情を輝かせるのを
何度目撃したことだろう。
『候補は一人だけだ。
もし美咲ちゃんが会うのも
嫌だというなら、
オレは次善策を
取らなくちゃいけなくなる』
伯父は背を向けたまま
手前にあった薪を
暖炉の奥へとグッと押し込めていく。
火柱が消えそうになったが
やがて、勢いを取り戻し始めた。
その様子を見届けた後、
伯父は振り向いて言った。
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