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今の自分の支えとなる記憶
今の自分を奮い立たせる記憶。
それらを思考の前面に置いて、
美咲は、意識の壁を作った。
そうでなければ
宥和的に全てを呑み込んでいく
この伯父には敵わない。
気恥ずかしさはあるが
正面を見据え続ける。
決して非難されること
ではないのだから。
『交差点で、斜向かいに行きたい時に
目の前の信号が赤なら、横に渡る。
縦に進んで左折しても
横に進んで右折しても
到着地点は同じだからね』
『私が断れば……奏佑ということですね』
『その場合はconductorの道は諦めて、
幣原の家を奏佑に継いでもらう』
美咲は息をのむ。
咄嗟ではあったが、相渉る伯父と
母には気づかれない程度の動揺。
想定よりも早く、想定よりも酷な
“最後通牒”が突きつけられた。
この “最後通牒” を出されたなら
必ず訊こうと決めていた質問。
あの質問をする時が来たのだ。
この家を出ることに
なるかもしれない。
母娘、伯父姪と呼び合うのは
今夜が最後になるのかもしれない。
『どうして…ですか』
伯父の視線が、母の方に向く。
母の視線は、
美咲の周りを漂っている。
『どうして私と奏佑ではいけないんですか』
常緑樹のような母の表情が崩れた。
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