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『美咲ちゃんが、この話を受けないなら
奏佑への援助は打ち切る。
留学先からも帰国させるか。
デュッセルドルフの支社に
駐在させるか、どちらかにするよ』
『幣原の家は、私が継ぎます。
伯父さんのお眼鏡にかなった、
その人には…経営陣に入ってもらいます。
笹岡さんみたいに』
伯父の腹心として、グループ上層部の
差配をする笹岡の名前をあげる。
『ああ…もともと笹岡のとこに
付かせるつもりではあるけど』
伯父は再び目を閉じて、
ゆっくりと深呼吸をする。
それから、瞼を持ち上げ
『もう一度、必要条件を
明確にしようか。美咲ちゃんが、
奏佑以外の男と結婚する。
…そうしないのなら、
奏佑を留学から帰国させる。
音楽の道は諦めさせる。
二択の単純な想定問題だ』
まるでパリサイ派のようだと美咲は思う。
伯父はこんなにも、律法学者のように
融通のきかない人だっただろうか。
『この場合、ゲームのルールに
何故/どうして/はいらない。
ルールに則って勝ちを
得られるかどうかだ。
ルールを決める権限が
オレたちの方にある、というだけさ』
いつの間にか、暖炉の火は消えていた。
『……二択では、ないですよね』
『美咲ちゃんの心情を
織り込み済みだからね。』
『私も…自分で決めたことなら、
幸せで後悔しないと思って
決断したことがあるわ。でも今、
幸せではあるけれど後悔をしている。
自分の、あの時の選択を。
選びたい方ではなく、選ぶべき道を
選ばなかったことを。ずっと、
何の後悔もしていなかったけれど……』
母の顔に《ピエタ》の聖母のような
澄みきった悲哀が、浮かんでいた。
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