prelude 美咲 1

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prelude 美咲 1

シューマンの 《ダヴィッド同盟舞曲集》は こんなふうに弾くものではない。 いや、今日の自分には、 弾くことすら出来ていない。 美咲は弾くのをやめて、 YUS3Mhc-SEBの譜面台に 置いていた携帯を手にとり、 壁際に、一脚だけ寄せてある アンティークの椅子に腰掛けた。 猫脚のデザインの アップライトに合わせて、 伯父が購入したチッペンデール。 アプリを操作する。 新着の通知はないが、 彼とのメッセージの欄を開き、 (さかのぼ)って、丁寧に読み返す。 [おはよう!今朝の東京はどう?  ザルツブルグはまだまだ冷えるよ。  美咲から教えてもらったFuerstの  モーツァルト・クーゲルン!] 画像:スイーツショップの扉の前に   青いリボンのついた   菓子袋を持つ男性の右手 [美味しいけど、僕には  やっぱり甘すぎた。  美咲はきっと気にいると思う!] 去年のクリスマスに 美咲が贈った手袋。 彼の手に、その手袋が されているのを見るだけで、 気持ちが、やさしく 静かに凪いでいく。 明るさとしなやかさを、 心が、取り戻していく。 朝から何回目かしら。 デバイスを覗きこみすぎて、 自分の首が鈴蘭の花のように なっているのがわかる。 『……奏』 ふと気づけば、 彼の名前を呼んでいた。 二つ下の従弟。 幣原奏佑(しではらそうすけ)
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