姫騎士は元村娘王女に仕えたい

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 ハークは肥沃な大地と優しい海風に守られた豊かな国だった。しかしその分他国から襲われたことは多く、隣国ライズアンヴィと同盟になるまでは東西の国境は戦々恐々していた。  平和が訪れて十年ほど建ったある日、停戦をしていたはずの西北にある国、ガレイズが奇襲をかけてきた。  西国境沿いにある街は訓練兵の駐屯所があり、国境警備兵とともに訓練兵も応戦した。  数百のハーク兵に対し、ガレイズ兵は千を超える。  劣勢だったハークの戦況を覆したのは、一人の訓練兵だった。敵の馬を奪い、戦車を奪い、軽い身のこなしで敵軍に切り込み、間に合った国王軍の兵とともに敵兵を次々に倒していった。  それがまだ十三の少女、シャーロットだった。  シャーロット・カインバーグ。兜を外したその顔は、天使とささやかれるほど美しく、金色の髪、青い目をした可憐な少女だった。  その勇ましさが高く評価され、彼女は騎士の位を与えられた。王女の護衛となり、王宮の華として賞賛を浴びている。  彼女が歩けば誰もが振り返り、彼女がほほ笑めば誰もが胸を抑える。  気品のある振る舞い、優しい面立ち、美しいその姿かたちから姫騎士と国民の間では綽名される。  考えてみてほしい。  その美少女のそばに立たなければいけない、同い年の何の変哲もない、いやむしろどちらかというと、自分で言いたくないけど、容姿の劣った娘の気持ちを。  そう、私。その姫騎士と呼ばれるシャーロットに護衛されている、一応ハーク国王女。何故一応というのかというと、私の母はただの村娘で、貴族のお嬢様でもなく、生まれた時から畑を耕して暮らしていた。国の北西にある小さな小さな村で日々穏やかに過ごしていた。  いや、穏やかではなかった。  時々山賊やガレイズ兵が村を襲いに来たらしい。収穫の時期に来た時は本当に最悪で、老人からよちよち歩きの子供まで憎悪のまま農具で応戦していたそうだ。  いよいよ本格的な戦争になった時、国境で兵を視察にきていたハーク国王が護衛とともに襲われた。  泥にまみれて足を折り、なんとか逃げ延びた国王の姿は、それはそれは情けなく、とても王様には見えなかったという。  母は敵かもしれないのに助けて、看病するうちに恋に落ちたらしい。  国王は数年前に王妃を失くしていた。だからといってすぐに村娘と結婚が許されるような情勢でもなかった。  当時のハークは国の外も、王宮の中も、大変だったそうだ。  私は父親が何者か知らずに、母と祖父のおかげですくすく育った。そりゃ、陰口をたたく村人もいた。祖父が怖くて面と向かっては言ってこなかったけど。もちろん、それよりもよくしてくれた人の方が多かった。  母はまっすぐな人だったから、人望があったのだ。流行り病で亡くなった時もたくさんの人が葬儀に来てくれた。  祖父の時はもっとたくさんの人がやってきた。私にお城から迎えが来ていたからだ。父親がわからなかった村娘は、本当は国王様の娘だったなんて、そりゃ娯楽な少ない村だから皆やってくる。  さぞかしきれいな娘だと思ったのだろうけど、興味本位で集まった人たちの、鼻で笑った顔は時々思い出しても腹が立つ。 「マチルダ。」  はっとした。義母兄、正真正銘の王子、マーティン様に名前を呼ばれて私は顔を上げる。皆立ち上がって歩き出していた。歓声が聞こえる。テラスに出て国民に手を振る謎の儀式だ。私は村のはずれに住んでいたから知らなかったけど、月一で国民の前で国王が演説する行事があり、その時に家族皆で国民に微笑みかけ、手を振るという仕事があるらしい。  私はこの謎の儀式が嫌だった。でも、今は国民の税金で朝昼夕食事をし、おやつまでもらっているので仕事をしなければならない。  私が頭を出すと歓声が上がる。私はとりあえず無理やり口の端っこを上げて手を振る。国民が皆ありがたいもののように見るのは、私の斜め後ろにいるシャーロットだ。  月一、私は護衛のシャーロットを国民に見せて、彼女の微笑みを見るために私が出てくるのを国民は待ってくれている。  私は欠席してシャーロットだけ出てくれたほうが嬉しいだろう。 「お疲れさまでした、姫様。」  部屋に帰って召使がお茶を入れてくれる。  本当に疲れた。来月もやらないといけないのが今から憂鬱すぎる。ゆっくりお茶を飲んでいると、シャーロットが言った。 「マチルダ様、御くつろぎのところ申し訳ございません。」  小鳥のさえずりのような声、というのはシャーロットのような声を言うのだろう。こんなに愛らしい声で何を言えば、敵が怖がってくれるのだろうと不思議に思うくらい、可愛い声だ。 「ドレスの仕立てのお時間です。」 「……ドレス? 」 「はい。来月ライズアンヴィ国のお茶会に参加する際のお召し物を。」  私の記憶にぼやっと、国王の言っていた言葉がよぎる。  あれはたしか、一昨日の夕食の時間だった。  ライズアンヴィの王がお茶会をするので、同盟国の姫として行ってきなさいと。はぁ? 絶対嫌だという言葉を飲み込んだ。  ライズアンヴィの同盟には私も感謝している。ガレイズとの戦いに勝てたのはライズアンヴィのおかげで、ガレイズの南東の領土を取り上げてくれたおかげで私の故郷は襲われることなく、祖父も母もその後は穏やかに過ごせるようになったのだ。 「私のように華のないものが行っても、お喜びにならないのでは。」  嫌だという気持ちをパン生地で包むように私は言った。 「そなたにはシャーロットがいるだろう。華はあれに任せればよい。」  マーティン様の言葉に、彼の妻、一応私の義姉のフィービ様が強めに肘で小突いてくれたのが見えた。  フィービ様は庭づくりが趣味で、召使にも庭師にも偉そうな態度をとらない。無邪気なところがあってミミズにも動じない。しかし花に付く芋虫には容赦しない。 「マチルダ様、貴方はハークの代表としてお茶会に招かれたのです。そもそも、お茶会に華を、なんてライズアンヴィの国王は求めていません。あの方は同盟国の王女がどのような立ち居振る舞いをするのかを見極めたいのです。」  いやそれ逆にきつい。  その後のご飯の味は覚えていない。ついでにその時の話も頭の中の忘れたいことに分類してしまっていたようだ。  なんて日だ。私は身体のあちこちを測られて一層やつれたような顔をした。 「王女様、ご希望のドレスのデザインはありますか? 」 「……ないから、任せる。」 「それでしたらお好きなお色は? 最近ですと薄紅色が流行色です。」  仕立屋がぐいぐいくるが、もう勘弁してほしい。ご希望のデザイン? 色? 昔から着るものはずっとおさがりか仕立て直したものを着続けていたから知るわけない。 「マチルダ様には薄紅よりも明るい黄色がお似合いです。向日葵のような鮮やかな明るい色を。」  シャーロットが言った。 「ドレスも、腰元のボリュームはもっと抑えていただいたほうがよろしいかと。」  シャーロットが言うと、仕立屋がメモをしだす。  服飾にも詳しいのか。逆に何ができないんだこの美少女は。 「……じゃあ、それで……。」  私がそういうと、シャーロットは微笑んだ。  部屋に帰りながら私は思った。どうして私が王女なのか。私よりもシャーロットの方が国民からの支持も高く、立ち居振る舞いも堂々としていて、しかも美少女だ。国民たちは逆じゃね? って絶対言ってる。実際そう陰口を言う召使もいた。  シャーロットはいつも黙って微笑んでいる。あまり喋らない。でも気配をはっきり感じるくらいには存在感がある。  シャーロットと一緒にいると、皆彼女の方を見てから気づいたように私にお辞儀をする。もうそれしなくていいよ、と思う。  どうして私はここに来てしまったのだろう。
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