少年が青年と二人暮らしを始めるお話

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町の片隅にある二階建ての小さな家。 それでも、その新築の家は男が一人で暮らすには広すぎる間取りだった。 可愛らしいキッチンも、シンプルだけど華のある壁紙も、黒髪の男には似合わない気がして、僕はなんとなく違和感を感じる。 何か……決定的な何かが足りないような……。 綺麗で新しいのに、どこか淋しい印象を受ける家。 僕は、物置に使われていたらしい二階の角の部屋をあてがわれた。 「急な事で、布団の用意とか無くてな、今夜は俺と一緒のベッドでいいか?」 そう言って通された一階の寝室には 大人が二人寝てもまだ余りそうな大きなベッドがあった。 「大きなベッド……」 父さんと母さんが一緒に寝ていたベッドより大きそうだ。 これに、この男は毎晩一人で寝ていたのだろうか。 「……まあな」 僕の呟きに、男が小さくうめくような返事をする。 ちらりと横顔を盗み見ると、やはりその表情は厳しいものだった。 「これなら大丈夫だろ」 「はい」 僕の方を振り返り、少し笑顔を見せた男に、大きく頷きを返す。 「俺はちょっと今から出かけてくるから、先に寝てていいぞ」 ご飯もお風呂も、着替えも歯磨きも、僕はもう済ませてある。 男は、粗野な風貌とは裏腹に面倒見のいい性格をしていて、何くれとなく世話を焼いてくれた。 けれど、男はこんな夜からどこへ行こうというんだろう。 男を玄関で見送ってから、馴染みの無い大きなベッドにもぐりこんでみる。 窓の外からは、遠くへと走り去る自転車の音が聞こえた。 男は自転車で出かけたのだろうか。 ふかふかの枕に頭を埋めて、首元をすっぽりと覆うように布団を引き上げる。 それにしても、今日は大変だった。 何しろ、生まれて初めて外で仕事を覚えたのだから。 周りの大人たちは優しかったけれど、僕を可哀想な子供として扱ってくれるけれど、いつまでもそれに甘えていてはダメだと思う。 僕は、妹と二人でも生きていけるようにならなきゃ……。 そのためにはお金が必要だった。 妹を食べさせるために、妹と二人で暮らすために。 まだ二歳にもならない幼い妹は、今、母さんがこの町で一番仲の良かったおばさんに、面倒を見てもらっている。 最初は、僕もおばさんに一緒に面倒を見てもらっていたけれど、僕はもう着替えも食事も一人で自分のことは出来たし、いつまでもおばさん達に迷惑をかけるのは嫌だった。 僕の両親は駆け落ちというものだったらしくて、とにかく、どこにも連絡が取れなかったのだそうだ。 実際、僕は両親の親戚には一度も会ったことが無かった。 「――もう、僕の家族は、レリィだけだ……」 あれから何度となく自分の中で繰り返した言葉を、小さく呟く。 気持ちを張り詰めていないと涙が零れそうなほどに、僕は疲れていた。 妹の笑顔を思い浮かべてみる。 レリィは今頃おばさんのとこで、いい子にちゃんと寝てるのかな……。 泣いたりしてないかな……。 カーテンの隙間から、月の光が射し込んでいる。 どうやら、色々考えているうちに、ずいぶん時間が経ってしまったらしい。 明日も朝から、覚える事が山積みだろう。 もう寝なくちゃ……。 けれど、瞼を閉じると、あの日の光景が まるで昨日の事のように鮮明に浮かび上がる。 父さんの眼鏡に入ったヒビも、 母さんを染める赤い色も……。 余りにも鮮やかなその色に、僕は耐えられなくなってまた目を開く。 あれから毎晩、これの繰り返しだった。 妹が、両親の最後を見ていなくて本当に良かったと思う。 僕の知る限り、妹が夜にうなされるような事は無かった。 部屋に射し込む細い光の筋……。 揺らぐ事のない月の雫をぼんやりと眺めていると、玄関で大きな音がした。 あれ、自転車の音したっけ……。 扉の音も聞こえなかったような……。 けど、どさっと、何かの……人の、倒れるような音は、確かに、した。 あの日もそうだった。 誰も気付かないうちに、強盗は家の中に居て、両親は刺されていた。 僕は、犯人の後姿すら見ていない。 そして、あの犯人はまだ捕まっていない。 そこまでを一気に思い出すと、頭まですっぽり布団にもぐって、早鐘のような心臓を必死で抑えて息を潜める。 そこへ、台所から小さな水音。 続いてコップのような、食器の音。 ……強盗が、押し入った家でのんびり水を飲んだりするだろうか? 僕が怖がりすぎている。 それは自分でも良く分かっていた。 警察のおじさんも、もうあの犯人はこの町には現れないだろうと言っていた。 扉の音がしなかったのは、きっと、おじさんが寝ているだろう僕に気を使って、そうっと開けたからだろう。 頭ではそう思っても、僕は自分の体が震えるのを止められずにいた。
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